~前回までのあらすじ~
1)醍醐天皇の御代、左大臣時平と右大臣道真が国政を取り仕切っていたが、道真の方が学問があり帝からの信も厚かった。内心面白くない時平だったが、ちょうど道真に不都合なことが起こり、道真は左遷され、大宰府に流されるのだった。
2)道真には多くの子がいたが、それぞれ別々の地へと流されることになった。あまりにも幼い子は道真に同行することを許されたが、道真は無実の罪を嘆いて和歌を詠み、ついには出家して大宰府へと下っていくのだった。
さて、前回に引き続いての旅路ですが、今回で大宰府に到着します。
【現代語訳】
また、播磨国に到着なさって、「明石の駅」という所にお泊まりになって、
その駅の長がとても悲痛に思っている様子をご覧になって、道真公がお作りになった詩は、とても悲しいものだった。
駅長莫驚時変改 一栄一落是春秋
(駅長よ、時の移り変わりに驚いてはいけない。一度は栄えても落ちていくのは、春に芽生えて秋には枯れる草木と同じことよ)
こうして大宰府に到着なさって、ものをしみじみ心細くお思いになる夕暮れ時、遠方に所々煙が立つのをご覧になって、
ゆふされば・・・〔夕暮れになると、野にも山にも立つ煙が私の「嘆き」を「投げ木」にして、ますます燃えさかることよ〕
また、雲がそらに浮かんで漂うのをご覧になって、
やまわかれ・・・〔山から離れて飛んで行く雲が、再び山の方へと帰ってくるのを見る時、自分も再び都へ戻れはしないだろうかと、つい期待してしまうことだ〕
「いくら何でも無実の罪なのだから・・・」とご自身の境遇をお思いになったのだろう。
月の明るい夜、
海ならず・・・〔海どころではなく深くたたえた水の底を月が照らすように、清廉潔白な我が心を月は照らすことだろう〕
これはとても素晴らしくお詠みになったよ。
本当に、月や日は道真公の心を照らしなさるだろう、というお心であったようだ。
さて、大宰府に着きました。
それにしても前回・今回と歌のオンパレードですね。
もうすでに出家までしているのですが、それでも都へ召し戻される望みは絶ちきれないようです。
半分以上諦めているふしはありますが。
というわけで、話としてはそこまで大きく展開したわけではないのですが。
もちろん、まだまだ話は続きます。
次回は、『大鏡』では珍しい(実際は珍しくないのですが、入試ではあまり出現しない)地の文に移ります。
そういえば、今回はその点について言及していませんでしたね。
『大鏡』というのは、平安時代後期に書かれた歴史物語ですが、設定があるので簡単に紹介しておきましょう。
雲林院という寺院で、法華経を講義する法会(菩提講)に、驚くほど高齢の老人が集まってきました。
その大宅世継(おおやけのよつぎ)と夏山繁樹(なつやまのしげき)という老人に、
一人の若者が「あなたたちはいったい何者なんですか」と素性を聞くところから始まり、
大宅世継が「法会が始まるまでの間、ひとつ昔の話でもお話ししましょうか」と切り出すところから、
昔語りへと展開し、歴史が語られていくという趣向がこの『大鏡』なのです。
従って、この作品は大半が会話文で構成されているのですが、中にはちょいちょい地の文も挟まれます。
ちなみに、今回の道真の話(本当は時平の項目 笑)を語っているのは大宅世継です。
では、最後に原文と語釈を載せます。
【原文】
また、播磨国におはしましつきて、明石のうまやといふ所に御宿りせしめ給ひて、
うまやの長のいみじく思へる気色を御覧じて作らしめ給ふ詩、いとかなし。
駅長莫驚時変改 一栄一落是春秋
(駅長時の変改を驚く莫かれ 一栄一落是れ春秋)
かくて筑紫におはしつきて、ものをあはれに心細く思さるる夕べ、をちかたに所々煙立つを御覧じて、
ゆふされば野にも山にもたつ煙なげきよりこそ燃えまさりけれ
また、雲の浮きて漂ふを御覧じて、
やまわかれ飛びゆく雲のかへりくるかげ見る時はなほ頼まれぬ
「さりとも」と、世を思し召されけるなるべし。
月の明き夜、
海ならずたたへる水の底までに清き心は月ぞ照らさむ
これ、いとかしこくあそばしたりかし。
げに月日こそは照らし給はめとこそはあめれ。
【語釈】
◯「播磨国」
現在の兵庫県のあたり。
◯「明石のうまや」
「明石」は播磨国の地名。「うまや」は「駅」と書く。「駅」というのは旅人のために馬や人足などを備えておく所で、旅宿もある。
◯「筑紫」
①九州全体、②九州の北部、③筑前・筑後の総称、④大宰府、など色々なものを指すが、ここでは④。
◯「をち」
漢字表記は「彼方/遠」となる。
◯「ゆふされば野にも山にもたつ煙なげきよりこそ燃えまさりけれ」
「夕さる」は「夕方になる」という意味。「なげき」は「投げ木」と「嘆き」の掛詞。
◯「海ならず」
ここでの「ならず」は「~どころではなく」の意味。
◯「あそばしたりしかし」
「あそばす」は「遊ぶ」ではなく、「す」の尊敬語。「す」は代動詞で、ここでは「詠む」の尊敬語。
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