枕草子~大進生昌が家に~(6)


~前回までのあらすじ~

1)中宮様が出産のために内裏を離れ、大進生昌の邸にお移りなさることになりまちた。ところが生昌邸の北門は狭くて牛車のまま入ることができず、私たち女房は庭を歩いて屋内に入ることになってしまいまちた。

2)ひどい目に遭ったことを中宮様に報告していると生昌がノコノコやってきたのでガツンと言ってやることにしまちた。

3)思い切り生昌に詰め寄ると、生昌はしっぽを巻いて逃げていきまちた。

4)その夜、寝ていると、生昌が部屋の戸を少し開けて「入ってもいい?」なんて聞いてきまちた。

5)「いいわけないでしょ!」と言われて生昌は退散して行きまちた。

今のところ、やられっぱなしの生昌君です。

そろそろ良いところを見せてくれるでしょうか、生昌君。


【原文】
姫宮の御方のわらはべの装束つかうまつるべきよし、仰せらるるに、
「この衵のうはおそひは、何の色につかうまつらすべき」と申すをまた笑ふもことわりなり。
「姫宮の御前のものは、例のやうにては、にくげにさぶらはむ。
ちうせい折敷に、ちうせい高坏などこそよく侍らめ」と申すを、
「さてこそは、うはおそひ着たらむわらはも、まゐりよからめ」といふを、
「なほ、例の人のやうに、これかくな言ひ笑ひそ。いと謹厚なるものを」と、いとほしがらせ給ふもをかし。


【語釈】
◯「姫宮」
一条天皇と中宮定子との間に生まれた第一皇女・脩子(しゅうし/ながこ)内親王。当時4歳。

◯「衵のうはおそひ」
「衵」の読みは「あこめ」。上着と単(ひとえ)の間に着用した。「うはおそひ」は「上襲ひ」で、一番上に着るもの。童女の場合、衵の上に着るのは「汗衫(かざみ)」。「汗衫」をわざわざ「うはおそひ」と言った点が滑稽だったらしい。

◯「ちうせい」
おどけた感じの訛った言い方。「小さい」ということ。

◯「折敷」読み:をしき(おしき)
お盆。

◯「高坏」読み:たかつき
高い一本足の食膳。逆さまに立てて灯明皿を置き、灯台とすることもあった。

◯「まゐりよからめ」
「参る」は「参上する」の意味で使われることが多いが、多義語。ここではサ変「す」の謙譲語で代動詞。食膳の話の流れにあるので、童女が姫宮のお食事の世話をして差し上げる意味で使っている。


【現代語訳】
姫宮のおつきの童女たちの衣装をお仕立てせよとのことを、中宮様がおっしゃると、
生昌は「この衵の“うわっぱり”は何色でお作りするのがよいでしょうか」と申し上げるのをまた笑うのも当然よね。
「姫宮の御前のものは、ふつうのものでは愛嬌がないでしょうな。
ちっちぇえ折敷に、ちっちぇえ高坏などがようございましょう」と申すので、
私が「それでこそ、“うわっぱり”を着た童女もお食事の世話をしやすいでしょうね」と言うと、
中宮様は「やはり、普通の人のように生昌のことをそんな風に言って笑いものにしてはダメよ。
とっても誠実で温厚な人なのに」と気の毒がりなさるのも面白かったわ。


またダメじゃん。笑

でも、何だかここでの生昌君はわざと笑われるように振る舞っているような感じがしませんか?

道化師・生昌。そんな気がしますけど。

生昌君、いったいどういう心持ちなんでしょうね。

さて、このシリーズもあと2回でおそらく終わりでげす。

次回をお楽しみ。 ※ちょっと間が空くかと思います。

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