~前回のあらすじ~
幼なじみの2人が結ばれたが、
妻の親が亡くなると経済的に苦しくなり、男はやむなく別の女性の所に通うようになる・・・
というわけで、今日は後半です。
さっそく行ってみましょう。
【現代語訳】
そうではあったが、この最初の妻である女は、夫を憎いと思っている様子もなくて、
夫を河内の女性のもとに出してやったので、男は「浮気心があって、こうなのだろうか」と思い疑って、
前栽の中に隠れていて、河内へ行ったような素振りで見ていると、
この女は、たいそうしっかりと化粧をして、物思いにふけって、
風吹けば…〔風が吹くと沖には白波が立つ、その「立つ」ではなく、
龍田山を夜中にたった一人であなたは越えているのでしょうか〕
と詠んだのを聞いて、男はこの上なく愛しいと思って、河内へも行かなくなった。
ごくたまに例の高安郡に来てみると、初めのうちこそ奥ゆかしくも取り繕っていたが、
今はもうすっかり気を許して、自らしゃもじをとって飯を盛る器に盛ったのを見て、
男は嫌に思って行かなくなってしまった。
このようだったので、その河内の女は、大和の方を遥かに眺めて、
君があたり…〔あなたが住むあたりを見ながら過ごしていたいのです。
雲よ、生駒山を隠さないでおくれ。たとえ雨が降っても〕
と言って外を眺めていると、かろうじて大和の男は「訪ねて来よう」と言った。
河内の女は喜んで待つが、何度もむなしく過ぎたので、
君来むと…〔あなたが私の所に来てくれると言った夜がことごとくむなしく過ぎたので
もうあてにはしていませんが、それでも恋しく思いながらすごしています〕
と言ったが、男は通わなくなってしまった。
【原文】
さりけれど、このもとの女、悪しと思へるけしきもなくて、
いだしやりければ、をとこ、異心ありてかかるにやあらむと思ひうたがひて、
前栽の中にかくれゐて、河内へいぬるかほにて見れば、
この女、いとよう化粧じて、うちながめて、
風吹けば沖つ白波たつた山夜半にや君がひとりこゆらむ
とよみけるを聞きて、かぎりなくかなしと思ひて、河内へもいかずなりにけり。
まれまれかの高安に来て見れば、初めこそ心にくもつくりけれ、
今はうちとけて、手づから飯匙とりて笥子の器物に盛りけるを見て、
心うがりて、いかずなりにけり。
さりければ、かの女、大和の方をみやりて
君があたり見つつををらむ生駒山雲なかくしそ雨は降るとも
と言ひて見いだすに、かろうじて、大和人「来む」といへり。
よろこびて待つに、たびたび過ぎぬれば、
君来むといひし夜ごとに過ぎぬれば頼まむものの恋ひつつぞふる
と言ひけれど、をとこ住まずなりにけり。
【語釈】
◯「異心」読み:ことごころ
浮気心。
◯「前栽」読み:せんざい
庭の植え込みのこと。
◯「風吹けば~越ゆらむ」
「風吹けば~沖つ白波」の初句と二句は序詞で「たつ」を導き、「たつ」は「(白波が)立つ」と「龍(田山)」とが掛けられている。
◯「龍田山」読み:たつたやま
◯「飯匙」読み:いひがひ(いいがい)
しゃもじのこと。
◯「笥子」読み:けこ
飯を盛る器物。
◯「生駒山」読み:いこまやま
というわけで、このお話はおしまいです(『伊勢物語』第23段)。
男に新しく通う女ができても平然と送り出す妻を見て、
男は自分のことは棚に上げて(もっとも当時は一夫多妻制ですが)妻の浮気を疑います。
ところが、妻は一人で龍田山を越えていく夫の身を案じて歌を詠む、その姿に男は心を打たれるんですね。
にしても、庭の植え込みに隠れている男に聞こえるくらいでっかい声で歌を詠んだんですかね(笑)
少なくともボソっとため息混じりに詠んだのではなさそうです。
[ 伊勢物語~筒井つの~(1) ]