枕草子~二月つごもりごろに~


今6月ですけどね、そんなことは気にせずに(笑)

今回は連歌の話です。

連歌とは複数の人間で作り上げる和歌のことです。

一般的には「五七五→七七→五七五→七七→五七五→…」とながーく続いていくイメージかもしれません。

そのように長く続き、百句でひとまとまりとするようなものを長連歌といいます。

が、「五七五→七七」と、上の句と下の句を2人で合作して短歌の形にするのも連歌です。

このタイプのものを短連歌といいます。

『枕草子』が書かれた時代には長連歌はないので、短連歌のお話です。


【現代語訳】
二月の月末に、風がめっちゃ吹いて、空が真っ暗で、雪が少し散っているころ、
黒戸に主殿司が来て、「ごめんください」って言うから近寄ってみると、
「これは公任の宰相殿のお手紙です」といって差し出したのを見ると、懐紙に、

すこし春ある心地こそすれ(少し春らしい感じがするね)

と書いてあって、ホント今日の空模様にピッタリで、この上の句はどうやってつけようかと思い悩んでしまったわ。
「他には誰がいるの?」と聞いてみると、「これこれの方々」と言ったんだけど…
それがまあみんな立派な方々で、そんな中に宰相殿へのお返事を気楽になんて言い出せるわけないじゃない(o;TωT)o”
と自分一人で心苦しいから、中宮様に御覧に入れて相談しようとしたけれど、
帝がお出でになっていて、すでにお休みになっていたのよ。(´;ω;`)ブワッ
わたしの返事を待つ主殿司は「早く早く」って言うし。
まあ確かに、下手なうえに遅いんじゃどうしようもないから、「もうなんでもいいや!」と思って、

空寒み花にまがへて散る雪に(空が寒いので、桜が舞い散るのかと見間違えるように降る雪に)

と震え震えしながら書いて主殿司に渡して、「どう思うかしら」と考えると気が重かったわ。
「どう思われたか聞きたい」とも思うけれど、「悪く言われたならば聞きたくない」という気もしていたところ、
「俊賢の宰相なんかは『やはり清少納言を、天皇に申し上げて推薦し、内侍にしよう』とお決めになった」とだけ、
そのころ中将であった左兵衛の督が話してくださったの。


とまあこんなお話でした。

高校の授業で取り上げるところもあるかもしれませんが、

『枕草子』は直訳する気がないので、学校の勉強の参考にはならないかもしれません(笑)

今回は「三舟の才」で名高い藤原公任から和歌の下の句が清少納言のもとに送られてきました。

これはもちろん「上の句を付けよ」という意味で、当時の人は言われなくても理解したのです。

空は暗く、強風で雪も散っている冬空の日に「春らしいね」という下の句が送られてきて、

清少納言は「まるで散っている雪が花吹雪みたいで」と見事に上の句をつけるわけです。

まあ見事と言っても、桜やら橘やらを雪と見間違える、というのは表現として珍しいものではありません。

ここでは、公任の「少し春ある心地こそすれ」が『白氏文集』の「南秦の雪」という詩を踏まえたものであり、

そのことをちゃんと見抜いて、同じ詩を下敷きにした上の句を付けたところが評価されているのです。


【原文】
二月つごもりごろに、風いたう吹きて、空いみじう黒きに、雪すこしうち散りたるほど、
黒戸に主殿司来て、「かうて候ふ」と言へば、寄りたるに、
「これ、公任の宰相殿の」とてあるを見れば、懐紙に、

すこし春ある心地こそすれ

とあるは、げに今日のけしきに、いとようあひたる、これが本はいかでかつくべからむと思ひわづらひぬ。
「誰々か」と問へば、それそれ、と言ふ。
みないとはづかしき中に、宰相の御いらへを、いかでか事なしびに言ひ出でむ、
と心一つに苦しきを、御前に御覧ぜさせむとすれど、
上のおはしまして、御とのごもりたり。
主殿司は、「とくとく」と言ふ。
げにおそうさへあらむは、いと取り所なければ、「さはれ」とて、

空寒み花にまがへて散る雪に

と、わななくわななく書きて取らせて、いかに思ふらむとわびし。
「これが事を聞かばや」と思ふに、「そしられたらば聞かじ」とおぼゆるを、
「俊賢の宰相など、『なほ内侍に奏してなさむ』となむ定め給ひし」とばかりぞ、
左兵衛督の中将におはせし、語り給ひし。


【語釈】
◯「つごもり」
月末、末日のこと。重要語。

◯「黒戸」
宮中にあった部屋の名。この図を参照。

◯「主殿司」読み:とのもりづかさ/とのもづかさ
宮中の消耗品管理、施設管理を担当した役人。

◯「公任の宰相殿」読み:きんとうのさいしょうどの
藤原公任(ふじわらのきんとう)は当時の第一級の芸能者。宰相は参議と同じ。「上達部(かんだちめ)」に数えられる。上達部は今で言うところの閣僚のイメージ。

◯「懐紙」読み:ふところがみ
懐に畳んで入れておくメモ紙。

◯「本」読み:もと
和歌の上の句のこと。下の句を「末(すえ)」という。ともに重要語。

◯「はづかし」
スーパー重要語。(こちらが恥ずかしくなるくらい相手が)立派だ、という意味。

◯「事なしび」
組成「事+無し+ぶ」という動詞の連用形転成名詞。「ぶ」は接尾語で、「~のように振る舞う、ふりをする」というような意味を加える。つまり、「何事もないようなふりをする」が「事なしぶ」。その名詞形だから「何事もないようなふり/大したことではないようなふり」ということ。

◯「御前」読み:おまえ
ここでは中宮定子を指す。

◯「上」
天皇を表す重要語。ここでは中宮定子の夫である一条天皇のこと。

◯「俊賢の宰相」
源俊賢(みなもとのとしかた)。

◯「内侍」読み:ないし
内侍司(ないしのつかさ)の女官の総称だが、その次官である「掌侍(ないしのじょう)」を指すことが多く、ここでも掌侍のこと。内侍司の長官である「尚侍(ないしのかみ)」は、その役割が変遷して事実上天皇の妻となっていたため、掌侍が内侍司の長と言える。女性の官人としての最高位。

◯「左兵衛督」読み:さひょうえのかみ
内裏の外側の門の警備や天皇の外出の際のお供を担当した。「この話の件があった当時中将で、今は左兵衛督である人物」と書かれているが、藤原実成のことか、と言われる。

 

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