「どうなるかな。またばかばかしいことにならなければいいが」とお思いになるにつけ、とても気が引けるのですが、
小君に導かれるまま、母屋の几帳の垂れ布を引き上げ、音を立てないようとても慎重に中へお入りになります。
みな寝静まっていたので、柔らかいお召し物の衣擦れの音がたいそう響いてやっかいでした。
一方の女君は、光る君が自分のことをお忘れになったものと思い込み、喜んでいましたが、
先だっての、夢のように不可解なことが心から離れず、安心して眠ることができずにいるのでした。
女君は、昼はぼんやりと物思いに耽り、夜は寝覚めがちなので、目も休まる時がなく嘆かわしいのですが、
この夜は、先ほどまで碁の相手だった方が、
「今夜はこちらにおじゃましますわ」と言って、今めかしく女君と語り合って寝ていたのでした。
この若い女は、何の悩みもなく、とてもぐっすりと眠っているのでしょう。
そこへ、ふいにとても良い香りが漂ってきたので、女君ははっとして頭をもたげました。
すると、暗い中、几帳の薄い垂れ布の隙間に、人が近づいてくる明らかな気配がありました。
女君は驚きのあまり混乱して、慌てて起き上がると絹の単衣だけを羽織ってそっと部屋を抜け出すのでした。
※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。
空蝉うつせみ
せみのぬけがら。そのように、この世はたよりなくはかないということ。▽もとは「現(うつ)し臣(おみ)」 の詰まった形で、この世の人の意。「空蝉」の字を当てたところから、平安時代以後、原義から転じた。(岩波国語辞典第五版)
今更ですが、「空蝉」とはセミの抜け殻のことです。
この女君にそのような名前が付けられるのは、今回のこのシーンがきっかけとなります。
この時代にも掛け布団(衾ふすま)はあったはずですが、
夏の暑い時期なので起きている時に着ていた着物だけを羽織って寝ていました。
そこへ光源氏が夜這いに来たことを察知した女君は、上着をその場に捨て置き、
薄くて軽い絹(生絹すずし)の単衣だけを羽織って部屋を脱出します。
この、姿はなくて上着だけが残された様子が、
まるでセミの抜け殻を思わせることから「空蝉」という呼び名が付くことになるのです。
何とか脱出に成功した空蝉ですが、一人残された女(軒端荻)はどうなんのさ、って話ですよね。
もちろん、ああしてこうなるわけですが。笑
当惑して必死だったとは言え、酷いことしますね、空蝉ちゃん。。。
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