源氏物語~夕顔~(12)


そうそう、例の、惟光が請け負っている夕顔の家の調査の方ですが、詳細に内情を調べ上げてご報告しました。

「誰かということはまったく分かっておりません。厳重に素性を隠しているように見受けられました。

特にすることもない時は、南の半蔀がある長屋に移ってきて、車が通る音がすると、

若い女房たちが覗いたりするようで、その時、この家の主人と思われる女も、そっと来ることがあるようです。

その女主人の顔は、はっきりとは見えないのですが、とてもかわいらしいようです。

先日、先払いをしながらやって来る車がありまして、それを覗いた少女が、急いで、

『右近の君さま、ご覧ください。頭の中将殿がここを通って行きなさいます』と言うと、

まあまあ悪くない感じの女房が出てきて、

「しっ、静かに」と手で合図をしつつ、

「どうしてそう分かるの?どれ、私も見てみましょう」

と言って長屋にそっとやって来ました。板を渡しただけの簡素な橋を渡って通ってきます。

急いでくる者は、衣装の裾を何かに引っかけてよろよろと倒れて橋から落ちそうになると、

「まあ、葛城の神は危なっかしく橋を架けたわね」

といらだって、覗き見る気も失せてしまうようでした。

頭の中将様は、御直衣姿で、御随身もついていました。

先の少女は、誰それと誰それと、と指折り数えるようにして、

頭の中将様に仕えている随身や少年を見つけて言い当てたようでした」

などと申し上げたところ、

「確実にその車を見たなら良かったのに」

とおっしゃって、

「もしかしたら、頭の中将が語っていた、しみじみ忘れられずにいる女だろうか」と思いを巡らしなさっていると、

もっと知りたいというご様子を見てとった惟光は、

「私個人の恋も非常に順調で、事情もすっかり分かっているのですが、

向こうは同じ身分の女たちだけで住んでいると私に知らせて、懇意に話をする若い女房がおりますので、

気づかずにだまされたふりをしてふらふらと通っています。

うまいこと隠しおおせていると思っているようで、小さいこどもが口を滑らしそうな時にも、

女房たちが何やかんや言い紛らわして、女主人がいない風体を無理に作り出していますね」

などと語って笑うと、光る君は、

「次に乳母の尼君のお見舞いに行く時に、覗き見させてくれ」

とおっしゃいました。

※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。


さて、夕顔の話に戻って今回は惟光の調査報告です。

頭の中将の車が前を通った時に、ざわついたという話を聞いて、

光源氏は「雨夜の品定め」で頭の中将が語っていた女かもしれない、と推測するわけです。

頭中将が語っていた女というのは「常夏の女」のことです。(参照

そして、この光源氏の推測はビンゴなんです。

 

「長屋」と出てきましたが、時代劇や「巨人の星」などに出てくるあの長屋ではありません。

ベネッセ古語辞典によると、棟を長く建てた家、と説明されています。

要するに細長い建物ということですね。

 

次に「葛城かづらきの神」ですが、この神様は有名です。

葛城山かづらきやまと金峯山きんぷせんとの間に岩橋を架けるように命じられたものの、

自らの容貌の醜さを恥じて夜しか働かなかった神様で、橋は結局完成しなかった、という伝説があります。

『枕草子』の中で、夜しか中宮定子の側に仕えなかった清少納言のことを、

定子がからかって「葛城の神」と呼びかけているのが非常に有名です。(参照

ここでは、単に「橋」からの連想で持ち出されています。

 

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