頭の中将は、
「では、そのように帝に申し伝えましょう。
昨夜も、管絃の催しにあなたがいらっしゃらなくて帝はご機嫌が悪くていらっしゃいました」
と申し上げなさると、話を戻して、
「それで、いったいどのような穢れに遭遇したというのですか。先ほどのお話はとても信じられませんね」
光る君は胸がどきどきして、
「細かいことはいいので、ただ思いがけない穢れに触れてしまったと、それだけ帝にお伝えください。
自ら参内して弁明しないのは怠惰なようで心苦しいのですが」
と、平静を装っておっしゃったのですが、内心はどうしようもなく悲しい昨夜の出来事をお思いになり、
気分も優れなかったので、人と目を合わせることもありません。
光る君は蔵人の弁をお呼び寄せになり、真剣に帝に先ほどの内容を奏上させなさいました。
義父の大臣にも、お伺いできずにいる理由をしたためたお手紙をお書きになりました。
日が暮れてから惟光が参上しました。
死の汚れに触れたことにしてあるため、参上する人々はすぐ退出するので、あまり多く人はいませんでした。
惟光を近くにお呼び寄せになり、
「どうだった、だめだったか?」
とおっしゃるまま、袖をお顔に押し当ててお泣きになりました。
惟光も泣きながら、
「完全にお亡くなりになってしまったようです。
いつまでもご遺体と一緒に籠もっておりますのもあまりよくないと思いますので、
明日はちょうど日も良かったので、知り合いの徳の高い老僧に、葬儀のことは頼んでおきました」
と申し上げました。
「寄り添っていた女の様子はどうだ?」
とおっしゃると、
「右近もまた生きていられないといった感じでした。
一緒に死んでしまいたい、などとうろたえて、今朝は谷に身を投げてしまいそうに思えるほどでした。
女が、『家に残っている女房たちにもお知らせしなくては』と申したのですが、
『少し落ち着きなさい。色々とよく考えてからでなければ』となだめておきました」
とお話しするのを聞くにつけ、また非常に悲しくお思いになって、
「私も非常に気分が優れなくて、どうにかなってしまうのではないかと思われるよ」
とおっしゃいました。
※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。
前回の、光源氏のセリフを受けた頭の中将の返答から入っています。
光源氏が行方知れずになっていた理由を、本人は、
①病気の乳母の見舞いに行ったら、ちょうどその家の召使いが急死して、その穢れに触れた。
②自分自身も風邪っぽい。
という2点をあげていましたが、①は大嘘でした。
そして、頭の中将は「嘘くさい」と見抜いて、光源氏はドキっとするのですが、それもそのはずで、頭の中将のかつての恋人を死なせてしまったという嘘を隠しているわけですから。
誰が死んだのか、については嘘ですが、死の汚れに触れたために参内できない、という点は本当なわけです。
そして念のため、頭の中将に話したのと同内容の伝言を蔵人の弁に託し、帝に伝えさせました。
「蔵人くろうどの弁」
「蔵人」というのは、天皇にお仕えする男性秘書、と簡単にイメージしてもらえればいいと思います。
「弁」については三省堂詳説古語辞典を引いてみましょう。
令制で「太政官だいじやうくわん」に属する役所。また、その役人。左右の弁局に別れ、大・中・小の各弁がいる。諸官庁・諸国との連絡に当たり、太政官内の文書のいっさいをつかさどった。
とのことです。
蔵人と弁を兼任しているのが「蔵人の弁」ということになります。
惟光が参上しました。
前回の部分で、光源氏は夕顔の蘇生という奇跡に一縷の望みをかけていました。
が、参上した惟光の表情や雰囲気で察したのでしょう、自分の方から「だめだったか」と切り出してしまいした。
夕顔ちゃんは葬儀をしてサヨナラとなりますが、頭の中将と夕顔(常夏の女)の間には娘がいました。
これが夕顔の形見としてずーっと後に活躍します。(玉鬘の姫君)
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