しばらく経って、惟光が光る君を訪ねてきました。
「近ごろ母の容態がますます悪いので、看病に忙しくございまして」
などと申し上げると、そば近くにお寄りして申し上げます。
「あの後、隣家の件ですが、知っている者を呼んで尋ねさせたのですが、はっきりとしたことは申さずに、
たいそう人目を忍んで五月ごろからそこに暮らしていらっしゃる女性がいるみたいですが、
自分がどこの誰だとは家の者にさえも知らせていない、と言うのです。
時々、垣根から覗いてみますと、確かに若い女たちの姿が簾越しに見えます。
褶のようなものを形ばかりでも身につけているところを見ると、女主人は確かにいるようです。
昨日、夕日の光が隣家に盛大に差し込んでいたのでよく見えたのですが、
手紙を書くのに座っておりました女性の顔はとても魅力的でございました。
ぼんやりと憂鬱そうで、周りの侍女たちもひっそりと泣く様子がはっきり見えました」
と申し上げると、光る君は笑みを浮かべなさり、詳しく知りたいとお思いになりました。
光る君は重々しい名声を持つ身の上ではいらっしゃるものの、
若々しく魅力的なご年齢や女性を引きつける美しい姿などを考え合わせると、
「このお方が恋に夢中にならないとしたらそれも風情がなく残念であるに違いないことだ。
人々から軽んじられるような程度の者でさえ、やはりそれなりに女性には心惹かれるのだから」
と惟光は思っておりました。
※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。
「褶」は“しびら”と読みます。
三省堂「全訳読解古語辞典」では、
衣服の上から腰に巻きつけて、裳もの代用としたもの。中世は、下級の女房の略礼装として用いられた。
と説明されています。
裳というのは正装の場合に身につけるもので、リンク先の白く後ろに引いているものです。
さて、惟光の心中を述べた最後の部分ですが、原文ではこう書かれています。
人の、うけひかぬ程にてだに、なほ、さりぬべきあたりの事は、好ましうおぼゆるものを。
「程」を身分としている訳が目立つのですが、ここは身分だけの問題ではないでしょう。
「だに」という副助詞は「~(で)さえ」と訳すものです。
僕でさえできたんだから、優秀な彼女なら楽々できるだろう。
などというふうに、「~さえ」の部分で軽い例を挙げ、その先を強調する構文を作ります。
今回はその先の部分が倒置になって、それ以前に述べられていた光源氏のことです。
光源氏が夕顔の女に興味を持っている浮気な性質について、
名声・身分・年齢・外見などを総合的に考えて、仕方あるまい、と述べているわけです。
であれば、ここでの「程」も身分だけに限定するのでは都合が悪いですよね。
取るに足らないような程度の人物でさえ女には心を引かれるのだから、ましてすべてを兼ね備えた光源氏なら仕方あるまい。
と、ここの「程」は色々な意味を含み持たせてそのまま「程度」と取るべきでしょう。
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