秋になると、光る君は心静かに思い続けなさり、砧を打つの音も、昔は耳障りだったのですが、
今では夕顔の女を思い出すよすがとして恋しく感じられるのでした。
常陸の親王の姫君の所へは度々お手紙をおやりになるのですが、依然として返事がないので、
姫君の世慣れないことにいらいらし、このまま引き下がるわけにはいかない、というお心まで加わって、
大輔の命婦をお責めになりました。
「どうなっているんだ。いまだかつてこんなことは経験したことがない」
と、たいそう不愉快に思っておっしゃると、
命婦は気の毒に思って、
「かけ離れていて似つかわしくない、とは申し上げておりません。
ただ、まるで引っ込み思案でどうしようもなくてお返事を出せずにいらっしゃるように見えます」
と申し上げたところ、
「それが世慣れていないというんだよ。
物心がついていない幼い頃とか、一人で思い通りに行動できない頃ならそのように恥ずかしがるのも当然だ。
どんなことにも、気持ちが平静でいらっしゃるように思われる。
いつも何となく寂しく心細くばかり思っている私と同じ心で返事をくださったら、
いかにも願いがかなったという心地がするだろう。
やたらと男慣れしていな人の所で、荒れた庭先の縁側にたたずんでみたいのだ。
あの態度は非常にじれったく、理解できないから、お許しがなくとも手引きせよ。
お前が苛立たしく思うような、不埒な振る舞いはまさかしないよ」
などと語りなさるのでした。
※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。
砧(きぬた)の音というのは秋の風物詩でございます。
夕顔と一緒に過ごした夜に光源氏は四方から聞こえてくる砧の音を聞きました。(参照)
それ以来、砧の音は夕顔を思い出すよすがとなったのでしょう。
そして、夕顔が身を寄せていた家が粗末だったので、末摘花の荒廃した邸と結びついているようです。
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