源氏物語~若紫~(13)


源氏物語-若紫

「しかるべき理由があって申し上げているのだとご理解ください」

とおっしゃると、女は奥に入ってこのことを申し伝えました。

「まあ、今風ですこと。この子が一人前だと思っていらっしゃるのでしょう。

それにしても、私があの子を若草に例えたことをどうして光る君は聞き知っていらっしゃるのでしょうか」

と、どうにも不審に思われて心も乱れましたが、返歌がおそくなっては風情がないと思って、

枕ゆふ今宵ばかりの露けさを深山の苔にくらべざらなん
〔今夜一晩こちらへ泊まって湿っぽくなったというだけで、深い山奥の苔のそれと比べないでください〕

とても乾きそうにございません」

と申し上げなさいました。

「このような、人づてのお返事はいまだ経験がなく、初めてのことです。

畏れ多いことかもしれませんが、せっかくの機会なので真剣にお話し申し上げたいことがあるのです」

と申し上げなさると、尼君は、

「何か間違ったことをお聞きになっているのでしょう。

あまりにも立派なあの方の気配を前にしてはお返事を申し上げることなどできません」

とおっしゃるので、女房たちが、

「しかし、気まずい思いをおさせするのもいかがなもでしょうか」と申し上げます。

「確かに、あの幼い子をお会わせするのは良くないでしょうが、

真剣におっしゃっているのを無下にお断りするのも畏れ多いですことですね」

といって、光る君の方に進み出なさいました。

「唐突で、軽率だとあなたはお思いになるかもしれませんが、

私にはそうも思われないので、仏様もきっとお咎めにはならないでしょう」

とおっしゃるものの、年長の尼君の立派な雰囲気に気が引けて、すぐに話を切り出すことがおできになりません。

「なるほど、このような所でお会いすることになるとは思いも寄らなかったことで、

このようにあなた様がおっしゃり、私もお話申し上げるというのは深い前世からの因縁があるようにも思えます」

とおっしゃいました。

※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。


尼君の和歌は、前回の光源氏の和歌に対する返歌です。

初草の若葉の上を見つるより旅寝の袖も露ぞかはかぬ
〔初草の若葉のような幼く美しい少女を見た時から、旅寝の袖に涙の露がこぼれて乾くことがありません〕

これが光源氏の詠み送った歌でした。

光源氏はこの日の夕方に覗き見をしているので、

少女のことを「若草」「初草」と例えて尼君や女房が歌を詠んだ(参照)のを聞き知っていたのです。

覗き見ていたことを暗に伝えることで、とぼけさせまいという意図もあったかと思います。

しかし、尼君の返歌は、

枕ゆふ今宵ばかりの露けさを深山の苔にくらべざらなん
〔今夜一晩こちらへ泊まって湿っぽくなったというだけで、深い山奥の苔のそれと比べないでください〕

と詠み、少女(紫の君)の件は華麗にスルーしたわけです。笑

なもんで、光源氏は「おいおい、逃がさんぞ」というわけで、尼君との直接応対に持ち込んだわけです。

 

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