少納言の乳母は突然のことに呆然として、落ち着かないようです。
「父宮様は何とおっしゃるだろうか。姫はこれからどうなってしまわれるのだろうか。
母上や尼君に先立たれてしまったのがとてもいたわしい」と思うと涙が止まらないのですが、
泣いてばかりいるのもさすがに縁起が悪いので我慢しておりました。
二条院の西の対は、今のところはどなたもお住みでないので、御帳台などもありませんでした。
光る君は惟光をお呼びになり、御帳台や屏風などを次々にしつらえさせなさいます。
御几帳の垂れ布を下ろして、御座所は少し整えるだけのことだったので、
光る君は東の対に宿直装束などを取りに人をやるとお休みになりました。
紫の君はとても恐がって、どうするおつもりなのかしら、と震えつつ、さすがに声を立てて泣くこともおできにならず、
「少納言と一緒に寝たいわ」
とおっしゃるその声はとても幼くございました。
「もうこれからは乳母と一緒に寝ることはなくなるのですよ」
と教えなさると、非常に寂しくなって突っ伏して泣いていらっしゃいました。
乳母は横になることもできずに呆然としたまま起きております。
夜が明けてきたので、邸内をよく見渡してみると、お邸の造りはまったく言いようもないほど素晴らしく、
庭の砂さえも宝石のように輝いて見える気がして、何となく気恥ずかしいように思われるほどでしたが、
この西の対には女房などもおりませんでした。
あまり親しくない客人が参上したときに使われる部屋だったので、番人の男たちが御簾の外におりました。
光る君が女の人を連れていらっしゃったことを聞いたこの家に仕える女たちは、
「誰かしら。一緒に暮らすというのだから並大抵の方ではないはずだわ」
とひそひそ噂をしております。御手水やお粥などが届けられました。光る君は日が高くなってから起きなさり、
「お世話をする女房がいなくて具合が悪いだろうから、ふさわしいのを夕暮れにお迎えなさると良いでしょう」
とおっしゃって、東の対に人をやって子どもをお呼び寄せになりました。
「小さい子はみなこちらに参上するように」
とご命令があったので、たいそうかわいらしい子が四人参上しました。
紫の君はお着物を引きかぶって臥していらっしゃるので、起こして、
「そんな風にして私を困らせてはいけませんよ。いい加減な男ならこのように大切にすることはありません。
女は何といっても心根が穏やかで優しいのが一番です」
などとさっそく教え込もうとしなさるのでした。
※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。
前回、紫の君と乳母を強引に自邸である二条院へと連れてきた光源氏でした。
ここで当時の貴族の邸の形態である【寝殿造り】についておさらいしておきましょう。
「帚木」の所でも用いた、簡略化して書いた図ですが、これが寝殿造りの様式です。
紫の君には西の対が与えられたというのが少しでもイメージし易くなっていただけたら。
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