五条の夕顔の家では、「ご主人様はどこに行かれてしまったのでしょう」とうろたえていましたが、
そのまま尋ね当てることもなくおりました。
右近までも帰ってこないことを、おかしいと思ってみな嘆いています。
確かではないものの、通ってきていた人の気配を、光る君ではないかと噂していたので、
惟光に文句を言ってみたのですが、まったく関わりないように言い、
以前と同じように浮気めいた心で通ってくるので、女たちはますます夢のような心地がして、
「もしや、好色な受領の子が、頭の中将を恐れて、そのまま任国に連れて行ってしまったのではないだろうか」
などと想像していました。
この家の主というのが、西の京の乳母の娘なのでした。
その乳母には三人の子がいたのですが、右近は他人だから女君のことを聞かせないのだ、
と泣きながら恋い慕っていました。
右近は口やかましく非難されることを思って、光る君もまた今さら秘密は漏らすまいとお隠しになるので、
幼い女児のことさえ聞くことができず、情けなく、あてもなくすぎてゆくのでした。
光る君は、せめて夢ででも夕顔の女に会いたい、と思い続けなさり、
四十九日の法要をなさった翌日の夜、かすかに、あの時の院で夕顔に取り憑いたのと同じ女が夢に見えたので、
「荒れた所に棲みついた物の怪が、私に心を奪われたせいでこのようなことになってしまったのだ」
と思い出しなさるにつけ、忌まわしく思われました。
伊予の介は十月の上旬に下っていきます。
光る君は「一緒に下っていく女房たちに」といって、餞別を格別にお与えになります。
それとは別に、内々にわざわざ心を込めた趣きある櫛や扇を空蝉のためにたくさん用意し、
幣なども非常におおげさにこしらえて、例の小袿もお贈りになりました。
逢ふまでの形見ばかりと見しほどにひたすら袖の朽ちにけるかな
〔あなたに逢うまでの形見だと思って見ているうちに、ひたすら流れた涙に濡れた袖が朽ちてしまったことです〕
その他にも、細々としたことがありましたが、煩わしいのでここには書きません。
光る君の使いは帰りましたが、小君を通じて小袿の返歌だけは申し上げました。
蝉の羽もたち変へてける夏衣かへすを見てもねは泣かれけり
〔蝉の羽のような夏の衣が返されたのを見るにつけても、色々な思いがこみ上げてきて、声を上げて泣かれるばかりです〕
「思えば不思議なほどの気丈さで私から離れてしまうのだな」と思い続けなさいます。
今日が立冬の日であったこともはっきりと分かるように時雨が降り、空模様もたいそうしみじみとした雰囲気です。
光る君は物思いに耽ってお過ごしになり、
過ぎにしも今日別るるも二道に行くかた知らぬ秋の暮れかな
〔夕顔の死出の旅路も、今日旅立っていく空蝉も、ともにどこへ行くのか分からない、そんな秋の夕暮れであることよ〕
やはり、このような人知れぬ恋というのは苦しいものだな、と思い知りなさったようでした。
このような煩わしいことは無理にでも隠そうとなさったことですし、気の毒なのですべて書かずにいたのに、
「どうして帝の子であるからといって、本当のところを知っている者までが、
何の欠点もないかのように褒めちぎっているのか」
と、この物語を作り物だとおっしゃる人もいたので書いてしまいました。
あまりにも口が悪い、というお咎めは避けられないかもしれませんが。
※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。
やっと終わりました、夕顔の巻。
最後の方のぐだぐだした文を訳すのが非常にかったるかったです。
夕顔と空蝉をセットで退場させたかっこうですね。
さあ、次は《若紫》の巻に入っていきます。
お楽しみに。
<<戻る 進む>>