桐壺の帝がご退位なさり、新しい御代となってから、光る君は何につけても憂鬱なことと思われなさり、御身の上の高貴さもあって、軽率な忍び歩きも遠慮され、光る君の訪れが途絶えていることを嘆いている女性があちこちにいらっしゃる、その報いでしょうか、いまだに自分に対して冷たい藤壺中宮のお心を、光る君はお嘆きになるばかりでございます。
今となっては、以前にもまして桐壺院に二六時中寄り添っていらっしゃる様子は、まるで普通の家の夫婦のようでいらっしゃり、それを皇太后の宮は不愉快にお思いになるのか、内裏にばかりいらっしゃるので、藤壺の宮様に張り合う人などなく、気楽そうでいらっしゃいました。
折々に合わせて、世に響き渡るほど風情のある立派な管絃の遊びをおさせになり、ご在位の時分よりもむしろ今の方が素晴らしく思われるほどでした。
桐壺院は、春宮となられた藤壺の宮様の若宮をただひたすら恋しく思っていらっしゃいます。
春宮に後見がいないのを気がかりに思って、大将に昇進していた光る君に様々に申し上げなさったのですが、光る君は後ろめたさを感じつつも嬉しいこととお思いになりました。
そうそう、あの六条の御息所が、先に春宮であらせられた方との間に生んだ姫君が斎宮となっていらしたので、光る大将のお心がとても頼りないということもあって、
「幼い斎宮が心配でもあるし、伊勢に下ってしまおうかしら」
と前々から思っていらっしゃいました。
桐壺院は、御息所がそんな風に考えておいでなのをお聞きになって、
「亡き春宮が大切な妻として寵愛なさっていたというのに。そなたが軽々しく他の女性と同じように扱っていると聞くが、それでは気の毒なことだ。斎宮も自分の子と同じように思っているのだから、何にせよ、あの御息所をぞんざいにしてはいけない。気まぐれな恋心に任せて御息所に好色な振る舞いをしていては、世の中から非難を受けることになるに違いないことだ」
などとご機嫌悪く光る君におっしゃると、光る君も「その通りだ」と思い知られたので、恐縮して控えていらっしゃいました。
※雰囲気を重んじた現代語訳です。
予兆がまったくなかったわけではないですが、それでも帝が退位した、というのは急な感じがします。
しかも、原文でのこの巻はこんな書き出しです。
世の中変はりて後、よろづ物憂く思され・・・
という。
「世の中が変わって」というのが、つまり新天皇が即位したことを意味しています。
古典を読み慣れていないととても分かりませんね。
譲位した元天皇のことを「太上天皇」と言い、略して「上皇」と言います。
ちなみに、上皇が仏門に入ると「法皇」という呼び名になります。
「上皇」や「法皇」など、元天皇のことを「院」とも言い、古文では「院」という呼び名の方が一般的です。
それから、六条御息所の話題が出てきました。
これまであまりはっきりと素性が書かれていませんでしたが、以前春宮(皇太子)だった人の妻であったことがここで明かされました。
春宮だった人というのは、今回の譲位で即位した帝(朱雀帝)ではなく、それよりも前に春宮の地位にいた人で、桐壺院の弟とされており、本文では「前坊」と出てきます。
前坊と六条御息所の間には姫宮がいたそうで、その姫は斎宮(伊勢神宮に奉仕する皇女)のようです。
ということで、大きく状況が変わったので系図を更新したいと思います。
※譲位によって立場が変わった人は青字にしてあります。
<<戻る 進む>>