光る君は、まだ拗ねている若紫の姫君のご機嫌を回復することがおできにならず、今初めて盗み出してきた人であるかのような感じがするのもおかしくて、「数年来愛しく思ってきたのは、今の思いに比べたらものの数でもないなあ。それにしても人の心というのは奇妙なものだ。今や一夜だって会わずにはいられない気がするよ」とお思いになっています。
ご下命を受けていた餅を、惟光は夜もすっかり更けてから密やかにお持ちしました。
「少納言は年配だから気恥ずかしく思うだろうか」と慎重に思案を巡らして、その娘の弁というのを呼び出して、
「これをこっそりとお持ちしてください」
といって、香壺の箱 ── 中には餅が入っているのですが ── を一つ差し入れました。
「御枕元に差しあげなければならない祝いの品です。決していい加減に扱わないでくださいよ」
というと、奇妙にも思ったのですが、
「いい加減なことなど、これまでしたことございません」
といって受け取るので、
「確かに。今は忌まわしい言葉をお使いになってはいけませんよ。大丈夫だとは思いますが」
と言いました。
弁はまだ若く、深いところまで考えが及ばないので、言われた通りに持って参上し、御枕元の御几帳の下から箱を差し入れましたが、例によって光る君が若紫の君にお知らせするのでしょう。
女房たちは知るよしもありませんでしたが、翌朝、光る君がこの箱を寝所から出させなさった時、側近の女房たちだけは合点するのでした。
それにしても、お皿などまでいつの間に用意したのでしょうか、花形の彫刻を施した台は非常に美しく、餅も格別に素晴らしく作られていました。
少納言は、「本当にこれほどまでに…」と思いましたが、感激すると同時に畏れ多くて、隅々まで至らぬ所のない光る君のお心配りを思って涙がこぼれてきました。
「それにしても、私たちにこっそりお話しくださればよかったのに」
「惟光もどう思ったことでしょう」
とひそひそ話し合っています。
※雰囲気を重んじた現代語訳です。
ここは三日夜餅の儀に関することが書かれていますが、何しろ嫁の方がそれと認識していない不意打ちの儀式なのでイレギュラーばかりのようです。
それにしても、儀式の箇所は訳すのが難しいです。
そして、あれですね、最初の正妻・葵の上が亡くなって間もなく正式に若紫の君と結婚式を挙げる、っていうのが現代の感覚からするとゲスの極みですね。笑
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