藤原公任きんとう(966~1041)という人をご存知でしょうか。
藤原道長(966~1028)と同い年の公卿です。
公任は多芸多才な知識人としてその名を馳せていました。
現代に生きていたらキントロイドというニックネームがついていたことは間違いござらぬ。
そんなキントロイドの有名なエピソードに「三舟の才/三船の才」があります。
読み方は「さんしゅう(さんせん)のさい」で良いと思うのですが、「才」は古文読みをすると「ざえ」になるので、こだわる人は「さんしゅう(さんせん)のざえ」と読むようです。
簡単に言えば、キントロイドは何でも一流だったよ、というお話です。
【現代語訳】
ある年、藤原道長が大堰川の辺りを散策なさっていた時に、〈漢詩の舟〉〈管絃の舟〉〈和歌の舟〉と三つの舟にお分けになって、それぞれの道に通じている人々をお乗せになった際、藤原公任大納言が参上なさったので、道長は、
「あの大納言はどの舟に乗りなさるのが良いだろうか」
とおっしゃったところ、
「和歌の舟に乗りましょう」
とおっしゃって、和歌をお詠みになったことだよ。
をぐらやまあらしのかぜのさむければもみぢのにしききぬ人ぞなき
〔小倉山、そして嵐山から吹き下ろしてくる激しい風が寒いので、風に舞い散って降りかかる紅葉の錦を着飾っていない人はいないことだ〕
自ら願い出て引き受け申し上げなさっただけの素晴らしさがおありになったことだ。
ご自身もおっしゃったとかいうことには、
「漢詩の舟に乗っておけば良かったなあ。そうして、これと同等の詩を作っていたら、きっとますます名声が高まっただろうに。残念なことをしたものだ。それはさておき、道長様が、『どの舟に乗るだろうか』とおっしゃったのには、我ながら誇らしい気持ちになったよ」
とおっしゃったそうだ。
一つのことに秀でているというだけで大変なことなのに、このようにどの道においても抜きん出ていらっしゃったというのは、遠い昔にもなかったことでございます。
四納言という言葉を聞いたことがある方はなかなかの平安通だと思います。
源俊賢・藤原斉信・藤原公任・藤原行成の四人を指します。
いずれも一条天皇のもとで活躍した人物で、全員が大納言または権大納言だったので、この四人の総称が四納言なのです。
その四納言の一人である藤原公任が、藤原道長主催のイベントの際、和歌の舟に乗って名歌を即興で詠み上げたものの、漢詩の舟に乗っておけばよかった、と述べたというのが今回の内容です。
漢詩でも同じくらいの名作を残せたという自信です。ホントにそうなのかは分かりませんが。笑
また、道長が「どの舟に乗るのが良いだろうか」と言ったということは、「どの舟にも乗る資格がある」と認められていた、ということですね。
【原文】
一年、入道殿の大堰川に逍遥せさせ給ひしに、作文の舟、管絃の舟、和歌の舟と分かたせ給ひて、その道にたへたる人々を乗せさせ給ひしに、この大納言殿の参り給へるを、入道殿、
「かの大納言、いづれの舟にか乗らるべき」
とのたまはすれば、
「和歌の舟に乗り侍らむ」
とのたまひて、詠み給へるぞかし。
をぐらやまあらしのかぜのさむければもみぢのにしききぬ人ぞなき
申し受け給へるかひありてあそばしたりな。
御自らものたまふなるは、
「作文のにぞ乗るべかりける。さてかばかりの詩を作りたらましかば、名の上がらむこともまさりなまし。口惜しかりけるわざかな。さても、殿の、『いづれにかと思ふ』とのたまはせしになむ、我ながら心おごりせられし」
とのたまふなる。
一事のすぐるるだにあるに、かくいづれの道も抜け出で給ひけむは、いにしへも侍らぬことなり。
【注釈】
●一年…「ひととせ」と読んで、「ある年,先年」の意味。
●入道殿…ここでは藤原道長のこと。
●大堰川おおいがわ…京都府を流れる川。嵐山付近を流れ、桜や紅葉の名所として歴代の天皇の行幸の地となっていた。
●逍遥しょうよう…散策。行楽。
●作文さくもん…漢詩を作成すること。漢文は男性の学問であり、格調高いものと位置づけられていた。
●たふ…能力がある。
●この大納言殿…ここでは藤原公任のこと。
●いづれの舟にか乗らるべき…「る」は尊敬の助動詞。「か・・・べき」は係り結び。「べき」は適当の助動詞で解釈した。なぜなら、その前の記述で「道にたへたる人々を乗せさせ給ひし」と書かれており、道長が人々を振り分けて舟に乗せた、解釈されるから。すると、「何でもできちゃう公任はどの舟に乗せたら良いかなあ」と迷った、と取るのが理にかなっているように思う。しかし、これを推量と解釈している人も多いようだ。深く考えないなら、この「べき」は意志でも成立する。
●をぐらやま…小倉山。大堰川を挟んで嵐山と向き合っている。両山とも紅葉の名所。
●あらし…強風の意の「嵐」と「嵐山」との掛詞。
●まさる…増える。増す。
●口惜し…残念だ。ウルトラスーパー重要語。
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