枕草子~上にさぶらふ御猫は~(3)


~前回までのあらすじ~

①帝にはめちゃめちゃ可愛がっているメス猫がいて「命婦のおとど」と名づけられていました。命婦のおとどの世話役は「馬の命婦」という女官です。ある日、縁側に寝そべっている命婦のおとどを部屋に入れようと思った馬の命婦は、犬の「翁丸」をけしかけて命婦のおとどを襲わせました。命婦のおとどが怯えて帝のもとに駆け込むと、激怒した帝は翁丸を叩きのめして追放するよう命じ、馬の命婦も厳しく糾弾されてしまうのでした。

②三、四日後、翁丸への同情が冷めやらぬ中、激しく鳴き続ける犬の声がしました。追放された翁丸が戻ってきたところを、男が二人がかりで叩きのめしているというのです。やめさせるように使いを出したのですが、翁丸は死んで捨てられたという報告が入りました。夕方頃、ボッコボコに腫れ上がった犬が迷い込んできて、翁丸か別の犬か、と女房たちの間で論争になったのですが、最もよく翁丸を知っている女房・右近が、翁丸は死んだはずだ、というので皇后様も胸を痛めておりました。


気の毒な翁丸ですが、本当に死んでしまったのか、迷い込んできたボコボコの犬が翁丸なのか。

続きを読んでみましょう。


【現代語訳】

日も落ちて暗くなったころ、その犬に何か食べさせようと餌を与えたんだけれど、食べようとしないから、やっぱり翁丸じゃないのね、ということになってその日は終わったの。

翌朝、皇后様が御櫛や御手水などをお使いになり、私に持たせなさった御鏡を御覧になっているので、お側に控えていると、昨夜の犬が柱のもとに座っていたの。

それに目をやりながら、

「ああ、昨日は翁丸をさんざんに打ちのめしてしまったわ。死んでしまったなんて可哀想に。生まれ変わったら何になるかしら。それにしても、どんなにかつらかったでしょう」

とボソッとつぶやくと、この座っていた犬がブルブル震えながらポロポロと涙をこぼして泣き続けたものだから、もうビックリよ。

「じゃあ、やっぱり翁丸だったんだわ。昨夜はそうじゃないふりをして我慢していたのね」と思うと胸が締め付けられたけれど、また、犬だてらに見事な知恵の働きを見せたことに、この上なく感心してしまったの。

御鏡を置いて、

「じゃあ、お前は翁丸なの?」

と声をかけてみると、地べたに突っ伏してすっごく鳴いたの。

皇后様もホッと安堵して微笑みなさっていたわ。

昨日の右近内侍をお呼びになって、

「やっぱり翁丸だったわよ」

と事の顛末をお話しになると、喜んで大騒ぎ。

帝も噂をお聞きになって、こちらへお出でになって、

「驚いた。犬にもそのような知恵があるものなのだな」

とお笑いになりました。

帝にお仕えする女房たちも次々に噂を聞きつけてやってきて翁丸に呼びかけると、翁丸も今度は反応を示したわ。

「腫れ上がった顔なんかも、やっぱり手当てをしてあげたいわ」

と私が言うと、

「それにしてもあなた、せっかく翁丸が素性を隠していたのに、とうとう曝いてしまったわね」

なんて笑っていたところに、翁丸を打ちのめした張本人、忠隆がやって来て、台盤所の方から、

「翁丸の噂を聞いたのですが本当ですか。私もこの目で見たいのですが」

と言ったので、

「まあ、縁起でもない。翁丸なんていませんわ」

と託けて言わせたところ、

「いずれ見つける時がくるでしょう。いつまでもお隠しできるものではないでしょう」

なんて言ってきたわ。

こうして、翁丸はお咎めを許され、晴れて元通りの身になったの。

やっぱり、気の毒に思っている人の情けに反応して、震えながら鳴きだしたのはまたとなく興味深いことであり、また胸を打たれるできごとだったわ。

人なら誰かに何かを言われて泣くなんてこともあるけれど。

翁丸と命婦のおとど


わんにゃん物語、これでお仕舞いです。

翁丸、生きてましたね!
(*#′∀`艸)

解説書を読むと、この犬猫さんたちを史実の人物と重ね合わせて読むことが多いようです。

具体的には、翁丸=藤原伊周、命婦のおとど=藤原道長といった具合に。

一時は帝の信任も厚かった伊周が、父・関白道隆の死を契機として失墜していく様が、翁丸の運命に酷似しており、流罪になった伊周が許されて都に戻ってくる、という史実にも展開がよく似ています。

後からのし上がってきた道長がすっかり政界を牛耳っている様もまた命婦のおとどの姿と重なります。

それにしても、前日に翁丸に呼びかけ、餌を与えてもまったく無反応だったのは人間不信からだろうと思うのですが、清少納言ほか、人々は「知恵がある」と評しています。

前日の無反応について、翁丸が「今自分が翁丸であることを明かしたら、また叩き出されるかもしれない」と考えたからだろう、と解釈しているのです。

そして、大丈夫のようだと悟った翌朝、清少納言の同情のつぶやきに思わず涙をこぼしたのだ、と。
Σ(゚□゚(゚□゚*)ナニーッ!!

まあ、何となく犬って人に寄り添うイメージはありますけどね。


【原文】

暗うなりて物食はせたれど、食わねば、あらぬ物にいひなしてやみぬるつとめて、御けづり櫛、御手水など参りて、御鏡を持たせさせ給ひて御覧ずればさぶらふに、犬の柱のもとにゐたるを見やりて、

「あはれ、昨日翁丸をいみじうも打ちしかな。死にけんこそあはれなれ。何の身にこのたびはなりぬらん。いかにわびしき心地しけむ」

とうちいふに、このゐたる犬の、ふるひわななきて涙をただ落としに落とすに、いとあさまし。

「さは、翁丸にこそはありけれ。よべは隠れ忍びてあるなりけり」とあはれに添へてをかしきこと限りなし。

御鏡うちおきて、

「さは翁丸か」

といふに、ひれふしていみじう鳴く。

御前にも、いみじうおち笑はせ給ふ。

右近内侍召して、

「かくなん」

と仰せらるれば、笑ひののしるを、上にも聞こし召して渡りおはしましたり。

「あさましう、犬などもかかる心あるものなりけり」

と笑はせ給ふ。

上の女房なども聞きて参りあつまりて、呼ぶにも、今ぞ立ち動く。

「なほこの顔などの腫れたる、物の手をせさせばや」

といへば、

「まことにこれを言ひあらはしつること」

など笑ふに、忠隆聞きて台盤所の方より、

「まことにや侍らむ。かれ見侍らむ」

といひたれば、

「あなゆゆし。さらにさるものなし」

と言はすれば、

「さりとも見つくるをりも侍らむ。さのみも、え隠させ給はじ」

と言ふ。

さて、かしこまり許されて、もとのやうになりにき。

なほ、あはれがられてふるひ鳴き出でたりしこそ、世に知らずをかしく、あはれなりしか。

人などこそ、人に言はれて泣きなどはすれ。

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