源氏物語~若紫~(3)


「遠くまで一面に霞で覆われて、あたりの木々がぼんやりとかすんでいる様子はまるで絵のようだな。

こんな所に住む人は、思い残すこともないだろうね」

「これなど大したことはありません。よその国の海や山などをご覧に入れたら、

どんなにか絵も上達なさることでしょう。富士山やら、何とか嶽やら・・・」

他に、西の国の風情ある海岸や浜辺を言い続ける者もいて、光る君の気を紛らわせ申し上げるのでした。

「近い所では、播磨国の明石の浦がやはり格別でございます。

具体的にどこが趣深いというわけではないのですが、ただ海を眺めていると、

不思議と他とはまったく違ってゆったりと穏やかな所です。

そこには、前任の播磨国の守で、最近出家した男がいまして、たいそう娘を大事に育てているのですが、

その家は非常に素晴らしくございますよ。

その男はとある大臣の家系で、普通なら出世するはずだったのですが、大変なひねくれ者でして、

宮仕えもせず、近衛の中将の位も捨てて、自分から望んで播磨国の守に就任したのです。

しかし、現地の人にも少し軽く見られて、辞することになったものの、

生来の頑固な気質から、都に戻るなどあり得ない、面目が立たない、と言って仏門に入ってしまいました。

山奥に籠もるでもなく、海辺に住んでいるというのはひねくれているようではありますが、

播磨国にも出家した人が籠もるのにふさわしい場所はあちこちにあるものの、

深い山里は人気がなく、ぞっとするほどの寂しさで、若い妻子がつらく感じるに違いないから、という理由と、

またもう一方で、入道自身の心を晴らすために造られた屋敷でございます。

先日、播磨に行くことがありまして、その時に入道の様子を見に立ち寄ってみたところ、

京にいた頃はパッとしませんでしたが、明石では広大な敷地に立派に家を建てて住んでいる様子で、

法師が暮らす屋敷としては似つかわしくない感じですが、

そうはいっても、国司時代に造ったものなので、余生をゆったりと過ごそうという心構えもまたとはないものでした。

来世にむけての勤行も熱心にしていて、仏門に入って、以前より人格が立派になった人物です」

※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。


何と、明石の話がここで出てきました。

そう、『源氏物語』を少し知っている方ならお分かりかと思いますが、

光源氏は後にやらかして須磨に流され、そこから明石に移って、明石の入道と面会します。

そしてその入道の娘(明石の君)と結ばれて、明石の姫君(明石の中宮)を生むことになります。

かなり後の話です。

その明石の入道が早くもここで話題にのぼっているのですね。

「娘を大事に育てている」とも出てきているので、これが後の「明石の君」です。

明石の君は個人的に一番好きなんですよね、『源氏物語』の女性たちの中で。

 

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