七月になって、藤壺の宮様はようやく内裏へとお戻りになりました。
類を見ないほどに、この上なく愛おしくお思いになる帝の愛情はいよいよ深まっていきます。
お腹が少し大きくおなりになって、お顔は愁いを帯びてお痩せになっているのも、
それはそれで本当に比べるものもなく素晴らしくございました。
例によって、帝はずっと藤壺にばかりいらっしゃって、
管絃のあそびをするのにも、趣が次第に増してくる季節になってきたので、
帝は源氏の君なども常々側にお呼び寄せになって、琴や笛などをあれこれ演奏させなさいます。
光る君はお気持ちを厳重に包み隠しなさるのですが、堪えきれずに、思わず表に出てしまうこともあって、
そのような時は藤壺の宮様もさすがに光る君を思わずにはいられませんでした。
さてその頃、北山の尼君はすこし快復したので山寺を出て京の自邸へお戻りになりました。
光る君は、その居所をつきとめて、時々お手紙を差し出しなさいます。
お返事が以前と変わらぬままであるのは当然のことですが、
この数ヶ月というもの、以前とは比べものにならない物思いのために、それをどうにかしようという熱意もありませんでした。
秋も終わり頃、光る君はたいそう心細い感情に襲われて、連日お嘆きになっておりました。
そんな中、ある趣深い月の夜に、こっそりとお通いになる所に行ってみようとかろうじて思い立ちなさったところ、
時雨のような雨がさっと降ってきました。
お出かけになる所は六条京極のあたりで、内裏から向かったために少し遠い気がしていると、
途中、古びた木立が暗く生い茂っている家が見えてきました。
※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。
少しおさらいしておきましょうか。
「藤壺の宮様」「藤壺女御」と出てきていますが、藤壺とはもともと内裏にある殿舎の名称でした。
天皇がいるのが清涼殿で、そこから近い殿舎ほど有力な后が住んでいるのでした。
弘徽殿と藤壺が拮抗した強い力を持つ后の住む殿舎です。
今、物語では弘徽殿の女御が天皇の正妻ですが、天皇の寵愛は藤壺の宮に集中しています。
さて、光源氏はこの上ない物思いに沈みつつ、六条京極へ出かけることにしました。
六条で密会の相手になる人と言ったら、そう、六条御息所しかおりません。
かわいいかわいい夕顔ちゃんに取り憑いて殺してしまった恐怖の美魔女(?)です。
「夕顔」巻に初登場し、六条付近に暮らしていることは分かっていましたが、今回追加情報で京極にあるということが分かりました。
※画像:Wikipediaより拝借
六条は平安京の真ん中より南で、京極は東京極です。
確かに、内裏からの距離は遠いですね。
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