琵琶を弾くのをやめた典侍は、たいそうひどく思い乱れているようでした。
光る君が『東屋』という催馬楽を静かに唄いながらお近づきになると、典侍もそれに合わせて、
「おし開いて来ませ」
とその詩の一節を唄ったのも、いつもとは違った感じがしました。
「立ち濡るる人しもあらじ東屋にうたてもかかる雨そそぎかな」
〔濡れて雨宿りに来る人さえもいない粗末な東屋に、嫌な雨が降りそそぐことですよ〕
と嘆くのを、光る君は自分一人で責任を感じて聞く気もなく、「面倒なことだ。何をそんなに嘆いているのだろう」と思っています。
「人妻はあなわづらはしあづまやの眞屋のあまりも馴れじとぞ思ふ」
〔いやはや、人妻は厄介なことです。切り妻屋根の東屋にあまり馴れ親しむつもりはありません〕
といって、やり過ごしたいお気持ちだったのですが、それもあまりに冷たいような気がして、言われた通り部屋にお入りになると、典侍は少し軽妙な冗談などを言い交わしてきたのもいつもとは違う感じがしました。
頭の中将は、光る君がえらくまじめぶっていつも自分を批判するのが憎らしかったのですが、その光る君は平然としっぽを出さずにこっそり通っている女性が大勢いるらしいので、どうにかして曝いてやろうと心に思い続けていた中で、この現場を見たのが嬉しくてたまりませんでした。
このような機会に光る君を少し脅し申し上げてゆさぶり、「懲りましたか、と言ってやろう」などと思って、まずは油断させることにしました。
ひんやりとした風が吹いて少し夜が更けてきたころ、二人がちょっと眠りこんだように思われたところで頭の中将はそっと中に入ってきたのですが、光る君は心を許して寝ることなどおできにならなかったので、誰かが入ってきた音を聞きつけたものの、この中将だとは思いもよらず、「いまだにこの女を忘れがたく思っているという噂の修理の大夫だろう」とお思いになると、年配で落ち着きのある修理の大夫に、こうして似つかわしくない振る舞いを見られてしまうのは気まずいので、
「ああ面倒だ。私は失礼しますよ。恋人が来ることは分かっていたのでしょうに。だましなさるとはつらいことです」
と言って、直衣だけを取ると屏風の後ろにお隠れになりました。
※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。
また催馬楽ですかい。(o´Д`)=з
岩波文庫の注によると、
「東屋の真屋のあまりのその雨そそぎ、我立ち濡れぬ殿戸開かせ。鎹(かすがい)も錠もあらばこそ、その殿戸我鎖さめ、おし開いて来ませ我や人妻」
という詩だそうです。
戸を開けてください→押し開けてお入りください
というようなやりとりが描かれています。
光源氏がその詩の前半を唄いながらやってくると、典侍は後半の詩句を拾い上げて応答したというわけです。
和歌の贈答もこの催馬楽の詩句を引用しながら詠まれています。
さて、頭の中将が積年の恨みを晴らすため行動に出ました。
この後の展開が楽しみですね。笑
では。
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