源氏物語~葵~(9)


「こんなに良い場所を譲るとは、どんな物好きだろう」とお思いになられて、相手の近くに御車を寄せなさり、

「どうやってこの場所をお取りになったのだろうと妬ましくて」

とおっしゃると、女は風情のある扇の端を折って、

はかなしや人のかざせる葵ゆゑ神の許しの今日を待ちける
〔頼りないことです。他の女の方が葵を簪にして乗り合わせているとは。神様のお許しを得られる今日という日を待ち侘びていましたのに〕

神域のようで入れないのですもの」

と書かいて寄こしたその字を見て、光る君はあの年増女、典侍であることに思い当たりなさったのでした。

「呆れた、まだ若者ぶって言い寄ってくるとは」と憎らしくなって、素っ気なく、

かざしける心ぞあだに思ほゆる八十氏人になべてあふひを
〔その葵をかざしているあなたの心が好色に思われるのです。男なら誰でも、と無数の関係を持つあなたは〕

女は恥ずかしく思いながら、

くやしくもかざしけるかな名のみして人頼めなる草葉ばかりを
〔今日こそあなたに会える日だと楽しみに、葵をかざしてきたというのに悔しいことです。期待だけさせておいて。会う日、という名を持つ葵も所詮はただの草葉というわけですか

と返歌を差し上げました。

紫の君と一緒にお乗りになっている光る君が簾さえお上げにならないのを歯がゆく思う女も大勢いるようです。

「先日、御禊の時の御様子は美麗だったのに、今日はくつろいでいらっしゃるのね」

「誰なのでしょう、一緒に乗っているのは」

「やたらな方ではないのでしょうよ」

などと、あれこれ思いを巡らせておりました。

光る君はというと、

「『かざし』の歌の応酬も張り合いがないな」

と物足りなくお思いになっていたのですが、あのように厚かましくない人は、光る君が女性と相乗りなさっているのに遠慮されて、典侍が気軽にちょっとした返事を申し上げるのさえも顔を背けたい気持ちになるのでした。

※雰囲気を重んじた現代語訳です。


久しぶりの更新になってしまった源氏物語。

目標としては今年中に葵の巻を終えること。

頑張ろう。

さて、前回、駐車スペースがなくて困っていた光源氏に場所を譲ろうという奇特な女性が出現しました。

誰かと思ったら好色ババアの源典侍。笑

この人が活躍したのは2巻前の「紅葉賀」のここでした。

それにしても、今回の和歌はなかなか分かりづらいものでした。

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