塗籠の間に光る君が閉じ籠もって隠れているなどと、中宮様は夢にもお思いにならず、女房たちも「藤壺様のお心を惑わしてはいけない」と考えて報告もしていなかったようです。
中宮様は昼の御座所にお座りになりました。
「快復なさったようだ」とお思いになって兵部卿の宮もお帰りになり、中宮様の御前は人少なになりました。
もっとも、普段から近くに伺候させる人は少なかったのですが。
女房たちはあちらこちらの物陰にお控えしており、命婦の君などは、
「どうやって光る君様をあの部屋からお出し申し上げだらよいのでしょう。下手なことをしてまた今夜も熱が上がるようなことになったらお気の毒だわ」
と、ひそひそささやきあいながら心配しておりました。
そんな心配を余所に、光る君は塗籠の戸が細く空いていたのを、そっと押し開けて、御屏風の隙間を伝って母屋にお入りになってしまわれました。
明るい時分にこうしてお顔を拝見できることが珍しく嬉しいのにつけても、涙がおこぼれになります。
中宮様は光る君に見られているなどとはつゆ知らず、
「やはり非常に苦しいわ。このまま死んでしまうのかしら」
とおっしゃり、外の方を眺めなさるその横顔は筆舌に尽くしがたいほど優美でした。
「せめて御果物だけでも」
といって、女房が差し出します。
箱の蓋などに載せられた果物は魅力的でしたが、中宮様は目にもお留めになりません。
ぼんやりと景色を眺めながら世の中について思い悩んでいらっしゃるご様子は、たいそう可憐な感じがいたします。
髪や頭の形、前髪のかかり具合、この上ない美しさなど、紫の姫君とそっくりでした。
この数年、中宮様への思いを少し忘れていらっしゃったのですが、「驚くほど似ていらっしゃるなあ」と御覧になるにつけ、紫の姫君という、禁断の恋の物思いを晴らす心の拠り所があることを改めて実感なさるのでした。
※雰囲気を重んじた現代語訳です。
前回から時間が空いてしまいました。
光源氏が何らかの手を尽くして藤壺中宮のもとに忍び込むことに成功したまでは良かった(?)ものの、心痛の余り、藤壺が倒れてしまう、というショッキングな出来事が起こったのでした。
光源氏は塗籠の間に押し込められ、身を隠していたのでしたね。
今回、少し快復した藤壺中宮が起き上がってぼんやり外の景色を眺めていると、光源氏がこっそり部屋の中に侵入してきました。
まだオイタはしていませんが、怪しいこと山の如しですね。
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