再読していた安部公房の『人間そっくり』は数日前に読み終えました。
そのまま『箱男』に再挑戦、というのも考えましたが胃もたれしそうなので取りやめ。
本棚から選んだのは永井荷風の『墨東綺譚』です。
「墨」の字は本当は「濹」なんですが、端末の環境によっては文字化けすると思ったのでやむを得ず。
永井荷風は耽美派に属する作家です。
耽美派というのは、思想的なものよりも「美しさそのもの」に価値を置く主義です。
「美しさ」というのは荷風の場合、女性の美しさあるいは江戸情趣的な美しさのようです。
さて、「墨東綺譚」の「墨」は「隅田川(墨田川)」を表します。
「東」は方角でしょう。
「綺」は「綺麗」の字にあるとおり「美しさ」を表す字。
「譚」は「話」の意味です。
従って、このタイトルは「隅田川の東の美しい話」ということだと思います。
荷風の価値観はおそらく下記の引用が端的に示していると思います。
つまり彼は真白だと主張する壁の上に汚い種々な汚点を見出すよりも、
投捨てられた襤褸(らんる)の片(きれ)に美しい縫取りの残りを発見して喜ぶのだ。
正義の宮殿にも往々にして鳥や鼠の糞が落ちていると同じく、
悪徳の谷底には美しい人情の花と香しい涙の果実がかえって沢山に摘み集められる。
作者は文中で隅田川を「溝(どぶ)」と呼んでいます。
今の隅田川は知りませんが、当時(昭和初期)の隅田川は汚かったのでしょう。
舞台となっている町並みも、少なくとも当時は綺麗な町並みではなかったようです。
そこを舞台とした、1人の美しい女性(娼婦)の話です。
この作品は一人称の小説で、語り手は男性作家(暗に荷風自身を指すと思われます)。
その作家が、自分の書く小説の取材をかねて隅田川界隈を散策するうちにその女性と出会います。
永井荷風の書いた『墨東綺譚』の中で、さらに主人公が書く『失踪』という小説につきあわされる二重構造。
『墨東綺譚』は確か10年近く前に読みました。
細かいことは覚えていませんが、情趣のある作品でした。
『源氏物語』を評して「あはれの文学」などと言われることがありますが、『墨東綺譚』もまた「あはれの文学」でしょう。
ちまちま読んでいるので読み切るのに時間が掛かりそうですが、読み進めるのが楽しみです。
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