宇治拾遺物語~物の名~


「物の名」というのをご存じでしょうか。

古典に親しみのある人は知っていると思いますが、そうでなければ聞き覚えがないかもしれませんね。

事物の名称(名詞)、という意味ではありません。関係はありますが。


秋近う野はなりにけり白露の置ける草葉も色変はりゆく  『古今和歌集』


これが「物の名」です。これでバッチリ分かりましたね?

え、分からないですか?(←当たり前w)

要するに、事物の名称を一見分からないよう隠して巧みに作歌する技法です。

隠して詠み込むので、別名「隠題(かくしだい)」とも言います。

上記の歌は「野原には秋が近づいてきたなあ。草葉には白露が置き、色も変わってゆくことよ」という意味です。

意味内容とは関係なく「きちかうの花」という言葉が、初句と第二句にまたがって隠れているのがお分かりでしょうか。

分かりやすくするために平仮名にしてみましょう。

「あきちかうのはなりにけり」

ちなみに「きちかうの花」というのはキキョウのことです。

こういう言葉遊び、凄いなあと思います。

「物の名=隠題」に関する『宇治拾遺物語』のエピソードを紹介しましょう。


【原文】
今は昔、隠題をいみじく興ぜさせ給ひける帝の、篳篥を詠ませられけるに、
人々わろく詠みたりけるに、木樵る童の、暁、山へ行くとて言ひける。
「このごろ篳篥を詠ませさせ給ふなるを、人のえ詠み給はざなる、童こそ詠みたれ」と言ひければ、
具して行く童「あな、おほけな。かかる事な言ひそ。さまにも似ず。いまいまし」と言ひければ、
「などか、必ずさまに似る事か」とて、

巡り来る春々ごとに桜花幾度散りき人に問はばや

と言ひたりける。さまにも似ず、思ひかけずとぞ。


さあ、前置きで「物の名=隠題」とはどういうものかお分かりいただけたと思います。

ので、この文でも発見できるでしょうか。

子どもの木樵に負けないように頑張りましょう(笑)

隠されている題が何なのかは和歌の前の地の文に記されています。

頑張って和歌の中に隠れている「物の名」を探し出してください。

ちょっとね、簡単すぎるかと思ったのでわざと漢字にしておきました(笑)

答がすぐ見えちゃうと興ざめなので、先に現代語訳して答は最後にしましょうか。


【現代語訳】
今ではもう昔のこと、隠題をたいへんに面白くお思いだった帝が、人々に篳篥を題として詠ませなさったところ、
人々がうまく詠めずにいたのだが、木樵をする子が暁に山へ行く時にこう言った。
「最近、帝が篳篥を詠ませなさるらしいけど、みんなお詠みになれないんだって。僕ちんは詠んだよ」と言ったところ、
一緒に行く子が「なんて身の程知らずな。そんなこと言うなよ。似合わないって。バカじゃないの」と言ったので、
「どうして歌を詠むのに似合うも似合わないもあるものか」と言って、

巡り来る…〔春がめぐってくるたびに、桜の花は何度散ったことか。誰かに聞いてみたいなあ〕

と詠んだ。柄にもなく、思いのほか上手に詠んだのだった。


というわけです。

じゃあ、お待ちかね(?)この和歌中の「物の名」について、正解を発表します。

帝からのお題である「篳篥」を和歌中から探せばよかったわけです。

が、まあ「篳篥」を「ひちりき」と読めなければ無理でしたね。

はい。ということで、正解は第四句にありました。

「幾度散りき」→「いくたびちりき」です。

濁点は便宜上つけましたが、そういう記号は本来ないわけです。

従って、古文の世界では「いくたひちりき」となるわけです。

うーん、面白いですね、物の名。

 

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