今昔物語~元輔の落馬~③


~前回までのあらすじ~

①賀茂祭の奉幣使であった清原元輔が一条大路で落馬して被っていた冠が落ちまちた。
するとツルピカにはげ上がった頭が晒されたのですが、
元輔は慌てもせず、様子を見ていた殿上人のもとに歩み寄っていきまちた。
②元輔は若い殿上人に言いまちた。
「僕を笑わないでくだしゃい。しょーがないじゃないか。それにこんなことは昔からよくあることでしゅよ」とな。

さて、今回でこのお話は完結します。ではさっそくいきましょう。


【原文】
かく云ひつつ、車ごとに向ひて、手を折りつつ数へて云ひ聞かす。
かくの如く云ひ終りて、遠く立ちのきて、大路に突き立ちて、いと高く、
「冠持ちて来」と云ひてなむ、冠は取りて指し入れける。
其の時にこれを見る人、諸心に笑ひののしりけり。
また冠取りて取らすとて寄りたる馬ぞひの云はく、
「馬より落ちさせ給ひつるすなはち御冠を奉らずして、無期に由無しごとをば仰せられつるぞ」と問ひければ、
元輔、「痴れ言なせそ、みこと。
かく道理を云ひ聞かせたらばこそ、後々にはこの君達は笑はざらめ。
さらずは、口賢しき君達は永く笑はむ者ぞ」と云ひてぞ渡りにける。
この元輔は、なれ者の、物をかしく云ひて、人笑はするを役とする翁にてなむ有りければ、
かくもおもなく云ふなりけりとなむ、語り伝へたるとや。


【語釈】
◯「冠は取りて指し入れける」
冠を受け取ってかぶった、ということ。「指し入れ」は差し込むことだから、「巾子(こじ)」に髻を差し込んで冠を固定すること(前回参照)。元輔は禿げていて髻はないが、まあ、それでもかぶることをこう表現する。

◯「諸心」読み:もろごころ
一緒に心を合わせてすること。

◯「無期」読み:むご
①期限のないこと、②長い時間。ここでは②

◯「由無しごと」読み:よしなしごと
スーパー重要語。つまらないこと、他愛もないこと、の意味。

◯「痴れ言(しれごと)なせそ、みこと」
「痴れ言」は馬鹿なこと。「な~そ」は軽い禁止を表し、「~しないでくれ」などと訳す。「みこと」は本来、天皇や目上の人間を敬って言う語だが、単なる二人称としても使う。

◯「なれ者」
世慣れた人。老練な人物。


【現代語訳】
このように言っては、殿上人の車ごとに向かって、指折り数えながら言い聞かせる。
このように言い終えると、遠くに立ち退いて、大路に向かって、たいそう声高に、
「冠を持ってくるのじゃーーー!」と言って、冠を受け取ってかぶった。
その時、これを見ていた人は、心を同じくして笑い、大騒ぎした。
また、冠を取って渡すために元輔のもとに寄っていった馬引きが言うには、
「馬から落ちなさってすぐに御冠をおかぶりにならず、長いこと他愛もないことをおっしゃったものですね」と尋ねたところ、
元輔は、「馬鹿なことを言わんでくれ、お前さん。
こうして道理を言い聞かせておけばこそ、後にこの君達は笑わないのじゃろうて。
こうでもせにゃ、おしゃべりな君達はずーっと笑っておるに決まっとる」と言って、行ってしまった。
この元輔は、世慣れた人物で、面白おかしく言って人を笑わせるのを役目のようにする老人だったので、
このように臆面もなく言うのであった、と語り伝えているとかいうことだ。


はい、おしまいです。

娘(清少納言)同様、機転の利く、ひょうきんな人物だったようですね。

なお、同じ話が『宇治拾遺物語』にも収録されています。

清原元輔についてはこちら。ま、大したことは書いてませんが(笑)

ではでは、これで失礼します。

 

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