今年もセンター試験が終わりました。
さっそく古文を解いてみましたが、難易度あがりましたね。
現役の理系の高校生にはちょっとつらい出題だったように思います。
文系の受験者にはさほどでもありませんが。
和歌のやりとりを含む物語でしたが、2010年の『恋路ゆかしき大将』に比べれば取り組みやすかったでしょう。
今回の出典は『松陰中納言物語』でした。
室町時代の作品です。
さほど馴染みのない作品だとは思いますが、江戸時代の文章よりはマシ(古文っぽい)と思われます。
本文はリード文にあった通り、右衛門督と女君の恋が描かれるシーンです。
問1:傍線部訳の問題
ア)いと心もとなくて過ぐし給ひける
見た瞬間、重要語「心もとなし」が聞かれているのだろう、と察しがつく。「はっきりしない/不安だ/じれったい」などの意味を持つ語。傍線の直前には「御文やらせ給はんも、せん方のおはしまさねば」とある。「せん方なし」は「どうしようもない(なすすべがない)」の意味を持つ重要表現であるが、これが尊敬表現になったのが「せん方のおはしまさね(ば)」である。「お手紙を送りなさろうにも、なすすべがおありにならないので」という程度の意味。手紙を送りたいのに送る手段がないのだから、「心もとなし」は「じれったい」の意味になる。よって正解は「たいそう気をもんで時を過ごしていらっしゃった」の②となる。
イ)飽かざりし名残をあそばして
見た瞬間、重要語「飽く」の存在に気づく。「満ち足りる」の意味である。「ざり」は打消の助動詞、「し」は過去の助動詞なので「満ち足りなかった」となる。続く「名残」は「余韻」程度の意味でよく使うがここでそのまま持ってくると「満ち足りなかった余韻」となりおかしいので、いったん放置。次の「あそばす」は「す」の尊敬語である。単に「しなさる」という意味でも使われるが、代動詞としても使われる。ここでは「女君が右衛門督からの手紙を開けて見なさったところ、」という記述に続いていることを頭に入れて、選択肢をチェックする。
①語りつくせなかったつらさを琴の音にこめられて(琴の音ではなく手紙の話だろう)
②物足りなかった逢瀬の悲しみを何度も思い返されて(名残の意味を「悲しみ」にするのは疑問)
③見飽きることのない面影を胸に思い浮かべなさって(「飽く」の意味が違う)
④満ち足りないままに別れた思いをお書きになって
⑤聞き飽きることのない琴の余韻に浸っておいでになって(「飽く」の意味が違う)
ということで、正解は④。④は「名残」の意味も無理がない。昨夜の逢瀬の余韻をうまく訳している。
ウ)いみじくこそ書きなしつれ
見た瞬間、重要語「いみじ」の存在に気づく。「いみじ」は「①非常に~②立派だ、素晴らしい」の意味がある。ここで①を取ると「非常に書いてあった」という意味の分からない日本語になるから、当然②だろう。「素晴らしく書いてあった」ということである。正解は「ことさらに美しく書き上げてある」の③となる。
問1は判断しづらいものが出てくることも少なくないが、今年は素直な良問ばかりだった。ここは確実に15点取っておかなければならない。
問2:文法問題
a:御身には染ませ給はぬにや。
基本中の基本「『ぬ』の識別」だが、「給は」という未然形についているので、打消の助動詞「ず」の連体形と1秒以内に判断できる。これを「完了の助動詞」としている②と④はこの時点で早くもサヨナラ。
b:琴の音にやあるらん
続いては「『に』の識別」だが、名詞についており、なおかつ「にやあるらん」と「に+あり」の形をとっているのだから、断定の助動詞「なり」の連用形と1秒以内に判断できる。これを「形容動詞の活用語尾」としている③もここで脱落。
c:むべにこそあなれ
またしても「『に』の識別」。これはbよりも簡単で、重要語の形容動詞「むべなり」の連用形「むべに」の活用語尾である。これを「格助詞」としている⑤も消え、dを検討するまでもなく正解は①となる。なお、仮に「にこそあ(る)なれ」と隠れた「る」の存在にちゃんと気づいて「に+あり」の形が見えたとしよう。そうなるとbと同じ断定の助動詞と誤認しかねないのだが、cを断定としているのは先に消した選択肢②だけなので問題なし。
これも落としてはいけない簡単な文法問題。
問3:傍線部X「さればよ」とあるが、誰が、どのようなことを思ったのか。
まず、「さればよ」はスーパー重要語で、「思った通りだ」の意味だな、と判断。
誰かが予感を的中させたシーンであることは明白。
選択肢によると、予感的中したのは「女君」か「母君」かの2択になる。
ここ以前で誰がどんな予感をしていたのか、が分かっていなければこの問題は解けないので、少し前からの内容をまとめてみる。
①琴にひそませた右衛門督の手紙を女君が受け取る。
↓
②女君は返歌を扇に書いて弟に持たせる。
↓
③弟は姉に扇を貰った嬉しさから、それを母親に見せびらかす。
↓
④母親は扇に女君の書いた返歌があることにに気づき、「あやしきこと」に思う(12行目)。
↓
⑤弟は、母親に扇を見せびらかした後、姉に言われたとおりそれを右衛門督に届ける。
↓
⑥右衛門督は扇を貰うと、返歌を密かに記した「犬の香箱」を弟にやり、姉に見せるよう話す。
↓
⑦「いとどあやし」と思った母親が、弟の持つ「犬の香箱」を手に取る。
↓
⑧「さればよ(=思った通りだ)」※男の返歌を発見
つまり、上記④の段階で母親が「あやしきこと(奇妙なことだ)」と思い、⑦で「いとどあやし(=いっそう奇妙だ)」と疑いを深め、⑧で予感的中、という流れである。
さて、いよいよ選択肢だが、主語を女君にしている①と②はまず削除。
次に「沈み込んでいた娘の様子を見て」とある④も削除。ここは「女君と右衛門督の関係がアヤシイぞ♥」という予感だからまったく関係ない。
残る選択肢は③と⑤だが、これは内容をしっかり掴めていないと難しい。
③は「二人の仲が表ざたになってしまうと困るので、見て見ぬふりをしようと思った」とあり、
⑤は「今夜再び会おうとしていることがわかり、喜ばしいことだと思った」とある。
つまり、2人がくっつくのに対して、良しとするのが⑤、ちょっとまずいんじゃないの?とするのが③である。
③or⑤まで絞ったら最終段落を読むまで放置するのが良かった。
最終段落で母親が右近という侍女に「今夜、右衛門督が女君の所に来るから、ちゃんと部屋を準備しておきなさい」と言っていることから、母親は右衛門督ウェルカムな心境であることが分かる。したがって答えは⑤。
やや難。7点問題だからここで差がついたか。
問4:傍線部Y「蓬の露は払はずとも、御胸の露は今宵晴れなんものを」とあるが、この言葉には右近のどのような気持ちがこめられているか。
まず、右近の前に女君の心境が問題になってくる。右近のセリフは、女君の
「蓬生の露を分くらむ人もなきを、さもせずともありなん」
を受けている。「蓬生」は荒れたところを比喩するのに使われる。そこに下りた夜露をかき分けて来る人もいないのに、そのようなこと(人が来るのを迎える準備)はしなくてもいいのに、というのが女君のセリフである。これが読み取れてさえいれば、この問題は平易。つまりこの女君のセリフは、右近が右衛門督の来訪予定を知っているとは思ってもいないからこそのものなのだが、実はそのことを知っている右近が
「・・・御胸の露は今宵晴れなんものを」
と女君に「知っているから隠さなくていいですよ」ってな感じで「今夜、あなた様の心は晴れ晴れするでしょうに」と切り返したのである。よって答えは「右衛門督の訪れをひそかに待っている女君の心はわかっているとからかう気持ち」の④。
ここは落としてはいけない問題。
問5:A~Cの和歌に関する問題。
和歌アレルギーの受験生には厳しい問題だが、拒否反応さえ起こさなければ実は簡単。
①Aは右衛門督の歌で、つねに人目を気にせずにはいられないために、思うように会いに行けず、会う前よりも募る恋の苦しみを詠んでいる。Bは女君の歌で、別れた後は悲嘆にくれて分別がつかなくなってしまい、右衛門督のもとに忍んで行く手段も思いつかないと訴えている。(Bは、悲しみを「忍ぼう=我慢しよう」とは思わない、という歌)
②Aは右衛門督の歌で、会って愛情は深まったのに人目を気にするために昼間は会いに行けず、恋が成就した今になって、さらに募る恋情を詠んでいる。Bは女君の歌で、別れた後の心の乱れのために、右衛門督とは違って悲しみに浸ったり人目を気にしたりする心の余裕がないと訴えている。
③Aは右衛門督の歌で、ともに演奏を楽しんだのに一向に進展しない二人の仲を悲しく思い、人目を気にしがちな女君への不満を詠んでいる。(圧倒的に違う)
④Bは女君の歌で、別れた後の乱れてしまった心のまま、右衛門督を恋い慕う感情と、恋心を抑えねばならないという理性が入り乱れた状態だと訴えている。(悲しさをこらえようとは思っていない、ということは理性は働いていない)
⑤Bは女君の歌で、別れる際に心をかき乱されたつらさに加えて、会えない悲しみに堪え続けることの苦しさをも訴えている。(どこをどう読めばそんな風に解釈できるのか・・・?)
和歌とその前後の文脈と両方をしっかり見て答える。和歌に拒否反応を示さなければあっさりと②を選べただろう。
問6:表現と内容について
表現(の特色)を問う問題も、内容的に違うものを消すことに専念する。
①・・・「蓬」などの自然の描写によって東国のひなびた情趣が表される一方で・・・(表現と言えば表現だが、内容的に東国での生活感を強調している雰囲気はない。しかも「蓬」は描写としては一度も出てきていない。姫君と右近のセリフの中の比喩的表現に用いられただけである)
②・・・身分違いの恋に試練が待ち受けていることを予感させている。(先にも書いたが、母親が二人の恋をプッシュするような明るい終わり方をしている。さらに、「(さ)せ給ふ」などの強めの尊敬は5行目で「開けて見させ給へば」と女君に対しても使われている)
③・・・周囲の「人」に認めてもらうことを恋の成就の重要な条件と考える右衛門督たちの心が・・・(確かに人の目は気にしていたが、そこまで強いことは書かれていない)
④全体的に何を言っているのかよく分からない選択肢。論外。
ということで⑤はその通り。母君と右近は敏感に2人の恋に反応する。無邪気な弟が自覚のないままに恋文の贈答を届ける仲介役をしているのもその通り。主人(=下総守)が女君の琴を取り寄せたのもその通り。
結局、内容が正しいものを選べば答えになるのであり、表現うんぬんは二の次、というのがこの問題のパターンである。そもそも、表現と内容は表裏一体なのだから当然である。
という感じです。
本文を理解する段階での難易度がやや高めなので、動揺した受験生が多かったかも知れません。
読めさえすれば設問はいつも通りだなというところです。