源氏物語~帚木~(20)


以前から女と情を交わしていたのでしょうか、この男はひどくそわそわして、

門から近い渡り廊下の縁側のような所に腰掛けて、月を見ています。

庭の菊がすべて変色していてとても面白い景色で、

風に吹き飛ばされまいとする紅葉の様子なども、本当にしんみりとした風情がありました。

懐から笛を取り出して吹き、『影もよし』と催馬楽の一節を口ずさむうちに、

女の方も調子を整えた美しく鳴る和琴を笛に合わせて掻き鳴らした様子は、悪くないものでしたよ。

簾の内から聞こえてくる、穏やかな律の調べは今風の音色で、清く澄んだ月に似つかわしいものでした。

男はたいそう感心して簾のもとに歩み寄って、

『庭に散り敷いている紅葉には人が訪れた跡もないね』などといって、意地悪なことを言いました。

男は菊を折って、

琴の音も月もえならぬ宿ながらつれなき人をひきやとめける
〔あなたが弾く琴の音色も見える月も並々ならぬ家でありながら、薄情な人を引き留められなかったようで〕

残念ですね』などと言って、

『もう一曲お願いしますよ。せっかく私が来ているのだから、出し惜しみなさるものではありません』などと戯れると、

女はたいそう声を繕って、

木枯に吹きあはすめる笛の音をひきとどむべき言の葉ぞなき
〔木枯らしのように冷たいあなたの笛の音色ですから、あなたを引き留める言葉なんてないでしょう〕

とじゃれあうのです。

※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。


「影もよし」というのは「飛鳥井あすかい」と題される催馬楽さいばらの一節だそうです。

そもそも催馬楽って何よ、って話ですよね。

いわゆる当時の歌謡曲で、日本に古来あった歌に外来の楽器で伴奏を付けて歌うもの、と言われます。

で、「飛鳥井」の全体は以下の通りです。

飛鳥井に、飛鳥井に、宿りはすべし、や、おけ、影もよし、みもひも寒し、みまくさもよし

は??? ( ゚д゚)ポカーン

というわけで、解説はこちらにお任せしたいと思います。

解説というか、現代語訳が載っております。

要するに、この殿上人はこの女性の家に「宿りはすべし」=泊まりたい、ということを言いたいのです。

でも「宿りはすべし」の部分を口ずさんだのではつまらないし、ダイレクトすぎて興ざめですよね。

それで、少しズレた「影もよし」を引いたのです。

引き歌というのは常にそうです。

自分の思いを伝えるとともに、相手にも知識があるかを試すことにもなるわけですね。

 

次に「律りちの調べ」って何よ、っていう。

三省堂「詳説古語辞典」によると、「音楽で、律と呼ばれる和様の旋律の調子。」だそうです。

こんなもん、文字で解説されても分からんので飛ばします。笑

 

さて、左馬の頭の二人目の女性ですが、少し好色なところがあったようです。

よりによってその女性のもとに男が二人、それも恋人として来るわけですから最悪ですね。

まあこんなことも現実にあったでしょう。

一夫多妻制とはいえ(だからこそ?)女性だって浮気しますわ。

ただ、正式に妻となっている女性が不義密通をした場合、それがバレたら即離婚というケースが一般的だったとか。

左馬の頭とこの女性は正式な夫婦ではなかったと思われますが。

 

今回のケースは女性の方では左馬の頭の存在には明らかに気づいていません。

男が女性のもとを訪ねる時、一人っきりではなく従者やらを連れているのが基本ですから、

邸内に入ってきた男が複数であるということについて、女性もなんとも思わないでしょう。

しかも蔀の奥、簾の内にいるわけですから、男たちの姿がちゃんと見えているわけではありません。

ただ笛の音と声とで男性を特定したのでしょう。

ここで左馬の頭が声を出していたら、それはもう昼ドラパーティだったでしょうね。

 

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