源氏物語~帚木~(22)


中将の君は「私は馬鹿な男の話をしましょう」と前置きして、

「誰にも知られぬよう密かに通い始めた女がいて、そんな関係でよさそうな雰囲気だったものですから、

長続きするものとは思っていませんでしたが、通い慣れるにつれて、しみじみ良い女だと思われたので、

時たま通っては忘れられないものと思っていたのですが、そうこうするうちに女の方も私を信頼するようになりました。

『信頼されるのは嬉しいが、恨めしく思われることもでてくるだろうな』と心に思ったりもしましたが、

女は気にも留めない風で、私が長いこと訪れないことについて、たまにしか来てくれない薄情な人とも思っておらず、

ただただいつも抜かりなく世話をしてくれる後ろめたさから、ずっと私を信頼するようにと言い聞かたりもしました。

その女には親もなく心細い様子で、それならこの人をこそ、と何かにつけ私を頼みにしているのも愛らしくございました。

このように女がのんびりしているので、私も油断してしばらく訪れずにいた時に、

私の本妻から冷酷でひどいことを、何かしらのつてを通じて、それとなく女に言ったのだと、後で聞き及びました。

そんな嫌なことがあったとも知らず、女のことは忘れずにいながら手紙も送らずに久しくなってしまい、

女はひどくしょげて心細かったようで、思い悩んだ末に撫子の花を摘んで、手紙に添えて童女に届けさせたのです」

そう言うと中将の君は涙ぐんでいました。

光る君が「それで、その手紙には何と?」とお尋ねになると、

「いやまあ、何というほどのこともなかったのですが。

山がつの垣ほ荒るともをりをりにあはれはかけよ撫子の露
〔山里の家の垣根が荒れてはいても、たまには露ほどでも情けをかけてくださいませ。撫子のように可憐な娘に〕

私は思い出したように女の家に行ってみたところ、いつもの通り穏やかな感じではあるものの、

ひどく物思いに沈んだ表情で、露がたくさんおりている荒れた庭をぼんやりと眺め、

虫の鳴き声と張り合うかのように泣いていたその様子は、まるで昔の物語の情景のように私には思えました。

咲きまじる花はいづれとわかねどもなほ常夏にしくものぞなき
〔様々な花が咲いている中でどれが一番とは分かりませんが、やはり常夏の花のようなあなたが最高です〕

娘のことはさておき、『夫婦の寝室に塵さえもつかないようこれからは頻繁に通って来よう』などと 、母親の機嫌を取りました。

うちはらふ袖も露けき常夏にあらし吹きそふ秋も来にけり
〔あなたがお出でにならない寝室の塵を払う袖は涙に濡れています。常夏の花にも強い風が吹きつける秋がやってきたことですし、あなたもすっかり私に飽きたのでしょう〕

と頼りない感じで言い、本気で私を恨んでいる風でもありませんでした。

※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。


やってきました常夏ちゃん。この常夏ちゃんが、後の夕顔ちゃんなのです。

この和歌のやりとりからここでは「常夏とこなつ」と呼ばれます。

常夏は大和撫子の異名です。

面白いですよね。

(@´・ω・)は?どこが?

 

同じ花ですが「撫子なでしこ」は「撫でた子=かわいい幼子」を想起させ、

「常夏」の方は「とこ」という音から「床」が連想され、夫婦が想起されるのです。

 

ですから、「あはれはかけよ撫子の露」と詠んだ最初の女の歌では、

「幼い我が娘をかわいがってください」という意味になるのですが、

頭の中将はその撫子の花を常夏と詠み替えて「常夏にしくものぞなき」と返歌することで、

「妻であるあなたほど愛しい存在はありません」という意味にしているのです。

「娘もかわいいですが、何をおいてもまずあなたが愛しいのです」と頭の中将は言いたいのですね。

 

そして頭の中将の返歌の後、「夫婦の寝室に塵さえもつかないようこれからは頻繁に通って来よう」と訳しました。

原文では「塵をだに」とあるだけで、直訳は「塵さえも」です。

しかしそれではまったく意味が伝わらないので上記のようにしましたが、これがまた「引き歌」なのです。

塵をだにすゑじとぞ思ふ咲きしより妹とわが寝る常夏の花(『古今和歌集』巻三・夏歌/凡河内躬常)

この歌の初句を引いているのですが、この歌にもまた「常夏」が詠み込まれていますね。

この歌の解説はこちらにお任せします。

 

さて、もしもAKB48が紫式部の『源氏物語』をやったら。

もうAKBを卒業してしまいましたが、この常夏(夕顔)役は大島優子ちゃんですね。

検索結果は水着と変顔が目立ちますが(笑)大島優子の困り顔と小柄なところが何となくそれっぽい。

キャラは真逆ですけどね、演じるならということです。

ただ、常夏の時点では影だけで顔は見えない方がいいですね。

 

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