「そうしてしばらく訪れずにいましたが、何かのついでに立ち寄ってみますと、
いつものように気を許した感じではなく、何か物を隔てての不快な対面となりました。
嫉妬でもしているのだろうかとばかばかしく思ったり、別れ話を切り出すのにちょうど良いとも思ったりしていましたが、
この賢女が軽はずみな嫉妬などするはずもなかったのです。
男と女というものを分かっていて、私を恨んだりはしませんでした。
そして軽快な口調で言うには、
『ここ数ヶ月、重い風邪にかかって耐えがたく、ニンニクの薬を服用してきつい臭いがするため対面ができません。
直接お顔を合わせずとも、しかるべき御用は承りましょう』
と、とてもしみじみともっともらしく言うのです。
私はどう返事をしたら良いか分からず、ただ「そうですか」といって、帰ろうとしましたが、
女は物足りなく思ったのでしょうか、
『この嫌な臭いがなくなるころに、またお立ち寄りください』と声高に言うのを、聞き流してしまうのも気の毒です。
とはいえ、迷っている場合でもなく、本当にその臭気が強烈なのもたまらなくて、逃げ腰になり、
『ささがにの振舞しるき夕暮にひるま過ぐせと言ふがあやなき
〔クモが巣を張れば愛しい人が訪れるという、そのクモの動きで私が来るのが明らかに分かっているはずの夕暮れ時に、ニンニク臭が消える明日の昼間を過ぎるまで待てというのはどうにもおかしな話です〕
追い払うにしても、もう少しましな口実があるでしょうに』
と言いながら走るように逃げ出て行きましたが、女は追いかけて、
『逢ふことの夜をし隔てぬ中ならばひるまも何かまばゆからまし』
〔毎晩逢っている夫婦であれば、ニンニクの臭気漂う昼間に会うことだって何を恥ずかしがることがありましょうか。でもあなたはちっとも訪れてくれないものだから…〕
さすがに返歌は素早くございましたね」
と、落ち着いて申し上げると、光る君や中将の君はびっくりして、「嘘だろう」と言ってお笑いになりました。
「どこの家だ。そんな女が本当にいるのか?いっそのこと、鬼と向かい合っていた方がまだましだ。ぞっとするよ」
と爪弾きをして、どうしようもないと式部の丞を馬鹿にして憎んで、
「もうちょっとましな話をしろよ」とお責めになるのですが、
「これより珍しいことがございましょうか」といって座っておりました。
※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。
ニンニク最高やんけ!笑
僕はニンニクが大好物です。
これは以前にも取り上げた「GARLIC JO’S」というお店の「バンパイア・キラー」という料理です。
ポコポコ丸い穴が空いている、その穴一つ一つに加熱されたニンニクとオイルが入っています。
その上にたっぷりチーズが振りかけられているのです。
こんなん、毎日でも食べたいわ。
で、ニンニクといったら滋養強壮です。
平安時代から知られていたのですね。
本文には「極熱ごくねちの草薬」と出てきます。
解熱薬として服用されていた薬がニンニクだったそうです。
ツブのままなのか潰したのか刻んだのか、生なのか火を入れたのか、知りませんが。
ニンニクは良い香りですが、食べた後の口臭とか体臭とかはまた別問題ですな。
だからといって無臭ニンニクというのは意味がない(と個人的には思っています)。
ここでは薬として服用したのであって料理ではないですけどね。
それから「爪弾き」ですが、これは別名「弾指だんし/だんじ/たんじ」とも呼ばれます。
親指の腹で人差し指の爪を弾く動作と言われます。鼻くそをピーンて弾き飛ばす要領ですね。笑
この動作は、①不快感を表す②魔除けのまじない、この2つの性質を持っています。
式部の丞の話のオチが不愉快だったので爪弾きをしたのでしょう。
また、「鬼」という不吉な言葉を口にしたので、魔除けの意味もあったかもしれません。
それともう一つ「ささがに」ですが、漢字で書くと「細蟹」となります。
三省堂「全訳読解古語辞典」によれば、
姿が泥蟹ささがにに似ているので、泥蟹のような蜘蛛という表現が枕詞化して「ささがにの蜘蛛」の形を用い、さらに「ささがに」だけで蜘蛛の意を表すようになった。糸を出し、巣をかける行動が見られると、待ち人が来るという俗信があった。
とのことです。
で、泥蟹ってのは検索すると台湾泥蟹しか出てきません。
台湾じゃねーだろ、ってことでササガニで検索すると浜名湖が名産らしいです。
本当にこのササガニなのかなあ。ということで
旺文社「国語辞典」で「細蟹」を引いてみると、
((古))(小さなかにに似ているところから)蜘蛛くも。
と書かれています。漢字的にはこちらがスッキリしますね。
何にせよ、蜘蛛が巣を張ると夏海ちゃんが来るというなら蜘蛛を積極的に飼育しようと思います!笑
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