源氏物語~賢木~(18)

中宮様も、尋常ではない余波に苦しんでいらっしゃいました。

光る君がこのようにわざとらしく引き籠もって音沙汰もなくていらっしゃるのを、命婦などは気の毒がっています。

中宮様も、春宮の御ためをお思いになって「光る君が私にお心を置きなさるのは、春宮にとっても可哀想なことだわ。それに、光る君自身も、世の中に嫌気が差してしまったら、思いきって出家を決心なさることもあるかもしれない」などとお考えになると、さすがに胸が苦しくおなりになるのでしょう。

「こんなことが続くようなら、ただでさえ口さがない世の中だから、悲痛な噂が漏れ出てしまうのが目に見えているわ。皇太后は私が中宮の地位にあることをあり得ないことのようにおっしゃっているらしいから、この位も退いてしまおう」というお考えに次第におなりになっていきました。

また、亡き院がお遺しになったお言葉とお気持ちが並々でなく愛情に満ちあふれていたことを思い出しなさるにつけても、「あらゆることが、以前とはうって変わっていく世の中のようね。昔の戚夫人みたような悲劇ではないにしても、このままでは人の笑いものになることを免れそうにないわ」など、この世の中が煩わしく、生きにくくお思いになられるので、とうとう出家なさることを決意なさってしまわれたのです。

春宮にお会いしないまま尼姿になるのはあまりに悲しいので、忍びやかに参内なさいました。

光る大将の君は、どんな些細なことでにもお心を寄せてお仕え申し上げなさるのに、具合が悪いことを口実にして警護のお仕えにも参上なさいません。

御自身が参上なさらないということを除いては、これまでと同じような心遣いをお見せになるようですが、「ひどくお気持ちが滅入ってしまわれたなあ」と事情を知る中宮様の女房たちは気の毒がり申し上げておりました。

春宮はとてもかわいらしく成長なさっており、母宮の訪れを珍しく嬉しくお思いになって、べったりとまつわりつきなさるのが心から愛しくて、出家などとても決行できそうにありませんでしたが、内裏の様子を御覧になってみても危うさが漂っており、時世の移り変わりをしみじみと感じずにいられません。

皇太后のお心も非常に鬱陶しく、こうしてたまに参内なさるにつけても居心地が悪くて、何かと心苦しいので、春宮のためを考えてみても危うく忌まわしい感じがしました。

様々な点からも思い乱れなさることばかりで、

「しばらくお会いしないでいる間に、母の姿が今とは違って見苦しくなっていたら、どうお思いになりますか」

とお尋ねになってみると、春宮は母宮の御顔をじっと見つめなさって、

「式部のようにですか。そんな風になるわけがありません」

と、真意をくみ取れず、無邪気に笑っておっしゃるのが言いようもなく悲しくて、

「それは年老いて醜くなってしまったのですよ。そうではなくて、髪は式部なんかよりも短くて、黒い装束を着て、夜居の僧のようになろうと母は思っているのです。そうなれば、お会いすることも今以上に少なくなるでしょう」

とおっしゃってお泣きになると、春宮も真剣な面持ちになって、

「長くお会いできずにいるのは恋しく悲しいのに」

とおっしゃると涙がこぼれ、気恥ずかしくお思いになって、背を向けなさるのでした。

※雰囲気を重んじた現代語訳です。


ついに出家の決心を固めた藤壺です。

今でいう幼稚園の年長さんくらいの息子に、出家して尼になることを伝える母親の心境たるや、想像に難くありません。

ところで、文中に「戚夫人」と出てくるのは漢の時代の中国で非業の死を遂げた人です。

光源氏も傷心ですが、まあ彼はどうでも良いですね。

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