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源氏物語~賢木~(4)

会いたいとお思いになる時にお会いすることができ、また御息所も光る君を慕っていらっしゃるご様子だったので、そのように思いを寄せられていた間は、余裕を感じてうぬぼれていらしたために、それほど御息所のことを愛しいとはお思いになっていなかったのです。
また一方で、光る君のお心は「どうだろうか。あの方には瑕もあって、一時は愛したけれど、その後、はたと愛情も冷めてしまい、このように二人の間に溝ができてしまった。しかし久方ぶりにお会いしてみると、昔のことが思い出されることだ。ああ…」と、またとないほど思い乱れなさり、これまでのことやこれからのことをしみじみとお考えにならずにいられなくて、心弱く涙をおこぼしになるのでした。
御息所も、そんな姿は見せまい、とお隠しなさろうとするようなのですが、こらえきれずにお泣きになるご様子をご覧になるにつけ、光る君はますます心苦しくて、やはり伊勢へ下るのを思いとどまりなさるように、とお引き留め申し上げなさるようです。
月も沈んだのでしょうか、しんみりとした風情の空をぼんやりと眺めながら恨み言を申し上げなさるうちに、積もり積もったつらい気持ちも消えていくようです。
少しずつ、次第に光る君とのご関係を諦めるようになっていらしたのに、会えばかえって心が乱れることになると予想した通り、お気持ちが乱れなさってしまわれたのでした。
殿上の若い公達ら数人で連れ立って訪れては、何やかやと立ち去りにくそうにしているとかいう庭の景色も、本当に際立って優美な有り様です。
物思いの限りを尽くしたお二人の間でお話しになったことを、ここにいちいち書き記すのは無粋というものでしょう。
次第に明けていく空の様子は、今のお二人のためにわざわざ誰かが作り出したかのようでした。
「あかつきの別れはいつも露けきをこは世に知らぬ秋の空かな」
〔愛しい人と離れ離れなる夜明け前の別れはいつも涙がちだが、特に今日は世にまたとないほど悲しみの涙で霞んだ秋の空だなあ〕
帰りがたそうに御息所の御手を取って、動けずにいらっしゃるのは非常に心惹かれるものがありました。
冷たい風が吹きつけて、松虫がかすれた声で鳴いているのも、まるで事情を察しているかのようで、大して悩みなどない人であっても気にとめずにはいられない感じでしたが、まして言い表せないほど心の乱れたお二人にはかえって上手く歌に詠めなかったのでしょうか。
「おほかたの秋のあはれも悲しきに鳴く音なそへそ野辺の松虫」
〔ただでさえ秋の情趣は悲しいものなのだから、そこに鳴き声を加えないでおくれ。野辺の松虫よ〕
後悔されることも多くございましたが、言っても仕方のないことなので、空が明るくなっていく中、人目につかないうちに、とついに退出なさってしまいました。
帰り道は、光る君の涙に寄り添うように朝露がたくさんおりています。
御息所も心を強く保つことができず、しみじみと余韻に浸りながら物思いに耽っていらっしゃいました。
※雰囲気を重んじた現代語訳です。

六条御息所の伊勢下向を引き留めることはできず、光源氏は野宮を去って行きました。
切ない場面なのですが、ここで語られている風情は非常に詩的で心惹かれます。
そう言えば、前回登場した榊ですが、知らない人もいるでしょうか。
神棚に供えるツバキ科の木です。(参照)
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