国語力について


国語力という言葉がある。

自分の職場でも、

「あの子は今はまだ点数が取れないけれど、国語力があるからこれから伸びるでしょう」とか、

「国語力が厳しいから、今後苦戦するでしょうね」とか、そういう言い方をすることがある。

この「国語力」という言葉、必ずしも国語の試験で得点する力のことではないようだ。

もちろん、国語力がなければ国語の試験はできないに決まっている。

が、国語力は英語にも、数学にも、日本史にも、ほぼ全教科に関係するらしい。(技能教科のことは分からない)

従って、上記のセリフは必ずしも国語科の講師の言葉とは限らない。

「国語力」、不思議な言葉である。「女子力」と同じくらい不思議な言葉である。

そもそも「国語」とは言語の中で「自国語/母国語」を指す言葉だ。あるいはその略とも考えられる。

だから「国語」の反意語は「外国語」だろう。

つまり「自国語/母国語の言語能力」が国語力ということになる。

言語というのは当然ながら「情報の発信」「情報の受信」をするのが主な役割である。

従って、情報の送受信をスムーズに行える人は国語力があることになる。

だが、言語にはもう一つ「物事を考える」という大きな役割がある。

だから「物事を考える時に、主だって使用する言語」が国語であり、

ということは「考える力」すなわち「思考力」もまた「国語力」である。

まとめると「国語力」には「①情報の発信・受信能力」「②思考力」の2つがあると考えられよう。

「①情報の発信・受信能力」は生きていく上で極めて大事な力である。

発信もそうなのだろうが、受信はよりいっそう「理解力」と大きく関わってくる。

しかし、「理解力」は「②思考力」の一部である。

従って「国語力」というのはその大部分が「②思考力」に集約されるはずだ。

思い切って言ってしまおう。国語力とは思考力のことである。

そうすると、確かに思考力がなければ国語はもちろん、英語も数学も日本史も…も厳しいのは当然だ。

では「国語力=思考力」を伸ばす(鍛える)にはどうしたらいいのか。

上記のように考えれば当然、教科としての国語の勉強をするのが唯一の方法ではないことになる。

国語の勉強の中で国語力を鍛えることができるのは当然だが、国語以外でも国語力は鍛えられるはずだ。

英語でも数学でも日本史でも、とにかく徹底的に思考する訓練を積み重ねれば国語力は伸びるに決まっている。

しかし、あまりにもありきたりな結論なので別の角度からも考えたい。

塾生達と接していてどういう場合に「国語力=思考力」を感じるかを考えてみると、

すぐに思い当たることとして、「遠巻きなヒントから正解にたどり着くことができる」場合に感じる。

ということは、小さい頃に「なぞなぞ遊び」をよくやっていた子は国語力の素地がしっかりしているのかもしれない。

その点に関してはデータも何もないし、集める気もないが、何となく正しい気がする。

だからといって中学生や高校生が「じゃあなぞなぞやるか」というわけにもいかないだろう(小学生はぜひやるべし)。

遠巻きなヒントから答えを導く訓練。他にないだろうか、と考えるまでもなく身近にあるではないか。

それは「クロスワードパズル」だ。

一人で出来る「クロスワードパズル」は国語力=思考力を鍛える有効な手段だと思われる。

新聞に掲載されているものもあるだろうし、雑誌でもある。

そればかりに夢中になられても困るから、

週に1~2題程度、国語力=思考力に悩みを抱えている人はやってみて欲しい。

また、他のご意見もあればぜひお伺いしたい。




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3 Responses to 国語力について

  1. nikumipo より:

    ひどい(笑)

  2. takamura より:

    nikumipoの国語力?うーん。ここでコメントするのは控えておこう。

  3. nikumipo より:

    あたしは国語力がないのか?