今昔物語~元輔の落馬~①


清原元輔(きよはらのもとすけ)という人をご存じでしょうか?

和歌の名人で、『後撰和歌集』を撰んだ「梨壺の五人」のメンバーです。

もっとピンとくる紹介をしましょう。

清少納言のお父さんです。

そんな清原元輔の落馬の話を紹介したいと思います。


【原文】
今は昔、清原元輔と云ふ歌詠み有りけり。
其れが内蔵助になりて、賀茂祭の使しけるに、一条大路渡る程に、
[ ]の若き殿上人の車、あまた並み立ちて物見ける前を渡る間に、
元輔が乗りたるかざり馬大躓きして、元輔、頭を逆さまにして落ちぬ。
年老いたる者の馬より落ちたれば、物見る君達、いとほしと見る程に、元輔いと疾く起きぬ。
冠は落ちにければ、髻つゆ無し。ほとぎを被きたる様なり。
馬ぞひ、手迷ひをして、冠を取りて取らするを、元輔、冠をせずして後手掻きて、
「いでや、あな騒がし。しばし待て。君達に聞こゆべき事有り」
と云ひて、殿上人の車のもとに歩み寄る。
夕日の差したるに、頭はきらきらとあり。いみじく見苦しき事限り無し。
大路の者、市をなして見ののしり走り騒ぐ。
車、桟敷の者ども、皆伸び上がりて笑ひののしる。 《続く》


【語釈】
◯「内蔵助」読み:くらのすけ
宮中の金銀財宝や装束などを管理する役所が「内蔵寮(くらりょう)」で、その次官が内蔵助。

◯「賀茂祭の使」
賀茂祭は毎年4月に行われる。別名、葵祭。使とは「奉幣使(ほうへいし)」のことで、奉幣のために神社に参向する使者。奉幣とは「(ぬさ)」を神に奉納すること。

◯「かざり馬」
唐風の鞍をつけた馬。賀茂祭の勅使が用いた。

◯「君達」読み:きんだち
貴族のご子息、また姫君を言う。「公達」とも書く。

◯「いとほし」
スーパー重要語。気の毒だ、の意味。

◯「髻」読み:もとどり
頭の上で束ねた髪。

◯「ほとぎを被きたる様なり」
ほとぎ」は素焼きの土器。「被く(かづく)」は「かぶる」の意味。禿頭の比喩として用いられている。

◯「馬ぞひ」
貴人が馬に乗る時につきそう従者。


【現代語訳】
今となっては昔のことだが、清原元輔という歌人がいた。
その人が内蔵助となって、賀茂祭の奉幣使をつとめていたのだが、一条大路を通る時に、
[ ]の若い殿上人の車がたくさん並び立って見物をしていた、その前を通る時に、
元輔が乗っていたかざり馬が思い切り躓いて、元輔は真っ逆さまに落っこちてしまった。
年老いた者が馬から落ちたので、見物していた君達も「気の毒に…」と見ていると、元輔はとても素早く起き上がった。
冠は落ちてしまったので、頭丸出しだったが、髻がまったくない。ほとぎを被ったかのようにツルピカである。
馬を引く従者はうろたえて、冠を取って渡したけれど、元輔は冠を被らず、後ろ手に制して、
「いやはや、騒ぎ立てるでない。ちと待っておれ。君達に申し上げねばならんことがある」
と言って殿上人の車のもとに歩み寄った。
夕日が差しているので、禿げあがった頭はキラキラとまぶしい。非常に見苦しいことこの上ない。
一条大路に集まった者が、市を成して見て大騒ぎし、走り回って騒ぎ立てる。
車や桟敷の者たちは、皆伸び上がってこれを見て大笑いしている。


たぶん、全3回のシリーズになると思います。

その第1弾ですが、なかなか面白い予感でしょう?

次回は元輔が殿上人に語った内容です。

乞うご期待。

なお、[ ]としたところは原文に欠落があるカ所です。

『今昔物語』はこれがけっこう多いんですよね。

 

今昔物語~元輔の落馬~② ][ 今昔物語~元輔の落馬~③

 

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