枕草子~五月御精進のころ~(8)


~前回までのあらすじ~

1)五月、雨の日が続いてすることもないのでホトトギスの鳴き声でも聞きに行こう、と出かけることにしまちた。

2)明順さんの家に寄ってホトトギスを聞いて、それからお米を挽く所を見せてもらいまちた。

3)明順さん、お食事を出してくれまちた。でも雨が降ってきたので急いで帰ることになりまちた。

4)帰る途中、卯の花がたくさん咲いていたので車にたくさんさしまちた。せっかくなので誰かに見せたいと思って、藤原公信を呼んでみまちた。

5)公信は待たずに宮中めざしてまっしぐらに帰りまちたが、公信が追いついて話しかけてきまちた。あれこれ話しているうちに雨が本降りになってきまちた。

6)公信も中宮様のもとに来るよう誘ったけど、服装がイマイチということで帰っていきまちた。

7)中宮様のもとに参上すると、歌を詠んでいなかったことで叱られてしまいまちた。

 

歌を詠んでいなかったことで中宮から叱られた清少納言ちゃん。

そこに、公信から歌が届いたのでいっそうきまりが悪かったはず、というのは前回書きました。

さて今回は。


【原文】
これが返しまづせむなど、硯取りに局にやれば、
「ただこれしてとく言へ」とて、御硯蓋に紙などして給はせたる。
「宰相の君、書き給へ」と言ふを、「なほそこに」など言ふほどに、
かきくらし雨降りて、神いとおそろしう鳴りたれば、物もおぼえず、ただおそろしきに、
御格子まゐりわたしまどひしほどに、この事も忘れぬ。
いと久しう鳴りて、すこしやむほどには暗うなりぬ。
ただいま、なほこの返事奉らむとて、取りむかふに、
人々、上達部など、神の事申しに参り給へれば、西面に出でゐて、物聞こえなどするにまぎれぬ。
こと人はた、「さして得たらむ人こそせめ」とてやみぬ。
なほこの事に宿世なき日なめりとくんじて、
「今はいかでさなむ行きたりしとだに人におほく聞かせじ」など笑ふ。
「今も、などかその行きたりし限りの人どもにて言はざらむ。
されど、させじと思ふにこそ」と、ものしげなる御けしきなるも、いとをかし。
「されど、今はすさまじうなりにて侍るなり」と申す。
「すさまじかべき事か、いな」とのたまはせしかど、さてやみにき。


【語釈】
◯「これが返し」
この歌(公信の歌)への返歌のこと。

◯「ただこれしてとく言へ」
セリフの後に「給はす」と尊敬語があるので中宮様のセリフ。「して」は手段などを表す格助詞。「ただこれで早く言え」というのが直訳。誰かを局に行かせて硯を持ってこさせようとしたところ、「いいから早く詠めや!」と紙や硯を中宮様が清少納言に貸し出したところ。

◯「神いとおそろしう鳴りたれば」
雷がとても恐ろしく鳴ったので、ということ。

◯「御格子まゐりわたしまどひし」
「格子」は日中は上げておき、日が暮れると下ろす。また悪天候の時は下ろしておく。ここでの「まゐる」は「す」の謙譲語で、代動詞として考える。「格子まゐる」で、格子を上げる、または下ろす意味。上げるか下ろすかは文脈で判断。ここでは雷が鳴ったので下ろしている。「わたす」は補助動詞で、広く~する、の意味を表す。つまり、ここでは格子一枚だけではなく、すべての格子を下ろした、ということを言っている。「まどふ」も補助動詞で、しきりに~する、の意味を表す。

◯「すさまじかべき事か、いな」
「すさまじ」はスーパー重要語で、興ざめだ、の意味。その連体形「すさまじかる」の「る」が撥音便無表記化して「べき」につながっている。「いな」は「否」で、前の内容を打ち消している。


【現代語訳】
公信の歌への返歌をまずしよう、などと言って硯を取りに局に人をやると、
中宮様が「いいからこれで早く詠んでやりなさい」と言って、御硯箱の蓋に紙などをいれて貸してくださったの。
「宰相の君がお書きなさいよ」と私が言うと、「やっぱりあなたが…」なんて言っているうちに、
空が暗くなって雨が降り、雷が恐ろしく鳴ったから、わけも分からずただ恐ろしくて、
ひたすら御格子を下ろしているうちに、返歌のことは忘れてしまったわ。
とっても長い間雷は鳴って、少しやむ頃には、日も暮れてしまったの。
今すぐに、やはりこの返歌はさし上げようといって取り組んでいると、
色んな人、上達部などが、雷の件を申し上げに参上なさったので、西廂に出てお話ししたりするので紛れてしまったわ。
他の人はまた「名指しで受け取った人が詠むべきよ」と言って、それで終わりになってしまったの。
やはり歌については前世から縁のない日みたいね、今日は、と心が折れて、
「もはや、どんなわけでそんな風に出かけたのか、なんてことすら人に聞かせたくないな」などと言って笑ったわ。
すると中宮様が「今でも、どうしてその出かけた人たち全員で歌を詠まないの?詠めるでしょう。
でも詠むまいと思っているのね」と不愉快そうな御様子なのも、とても面白かったわ。
「ですが、今となっては興ざめになってしまったのです」と私は申し上げたの。
すると中宮様は「何が興ざめなものですか。そんなわけないわ」とおっしゃったけれど、それで終わりになったの。


中宮様、ちょっとぷんぷんしていてかわいいですね。

そして、意地を張っているかのように歌を詠まない清少納言ちゃん。

この後、なんで歌を詠むことに腰が引けているのか、という話になっていきます。

 

枕草子~五月御精進のころ~(7)][枕草子~五月御精進のころ~(9)

 

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