源氏物語~帚木~(38)


みるみるうちに空が明るくなっていくので、女君を襖障子のところまでお送りになりました。

邸の中も外も人が立ち働いて騒がしいので、さっと襖障子を閉めてお別れになる時、

寂しく切ない気持ちがして、まるでこの襖が二人を隔てる関所のように光る君には感じられるのでした。

直衣などをお召しになると、南側の手すりに寄りかかってしばらくぼんやりと庭を眺めていらっしゃいました。

西側の部屋の女たちはせわしく格子を上げて、どうやら光る君のお姿を覗き見しているようでした。

縁側の真ん中あたりに立ててある背の低い衝立の上から、わずかばかりお見えになっている光る君のお姿に、

深く感動して胸を高鳴らせている浮ついた心があるようです。

有り明けの月が空に残り、光は弱まっているものの、くっきりと見えてかえって風情のある明け方の景色でした。

空には何の心もありませんが、ただ見る人によって、優美にも寒々しくも見えるものでございます。

人には言えない光る君の胸のうちはとても苦しく、女君への取り次ぎを頼めそうな人さえいないものですから、

何度もふり返っては、未練を残したままこの紀伊の守の邸を出てお行きになりました。

光る君はお邸にお帰りになってもすぐに眠ることなどお出来にならず、

女君に会う手立てがないことや、

それにもまして、女君の心のうちはどうだろうかと想像なさると、心苦しくなるのでした。

「あの人は特別優れている所があるわけではないけれど、

見た目も悪くないし、きちんと取り繕っていて、まさに中流階級の女性であったな。

さすがに女性を知り尽くした左馬の頭、彼の言うことは本当だった」とあれこれ考えあわせておいででした。

※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。


さて、今回は「朝・夜」関係の語について解説してみたいと思います。

空蝉のエピソードを振り返りつついきます。

まず、光源氏が紀伊の守邸にやってきたのは夕暮れ時でしょう。

夜が深まって、空蝉を捕獲した時に光源氏が中将の君(女房)に言ったセリフが、

あかつきに御迎えにものせよ」というものでした。

その後、一番鶏が鳴いて従者たちが起き始めました。このあたりが暁でしょう。

そこでの紀伊の守のセリフは、

「女などの方違へこそ。深く、いそがせ給ふべきかは」というものです。

つまり、暁はまだ夜だということが分かりますね。

その後、別れがたく思っている光源氏が詠んだ歌が、

「つれなきを恨みもはてぬ東雲しののめにとりあへぬまで驚かすらん」

そして今回の箇所、帰宅した光源氏がぼんやりと有り明けの月を眺めているところですが、

“月は有明にて、光をさまれるものから、影さやかに見えて、なかなかをかしきなり。”と書かれています。

図を作ってみました。

早朝のあたり、やたら細かく表現が発達していますね。

「暁あかつき」…夜明け前のまだ暗い頃を指します。「未明」というやつで、まだ完全に夜の区分です。

「東雲しののめ」…明け方。東の空がわずかに明るくなる頃だそうです。

「曙あけぼの」…空がほのぼのと明るくなる頃です。 

「朝ぼらけ」…ほのぼのと明るくなる頃で、曙よりも少し後と言われます。

「朝」…これは読み方が2つあります。

「朝」を”あした”と読むと「夜の終わり」、「朝」を”あさ”と読むと「昼の始まり」という認識だったと言われます。

そして、「夕ゆふ」は「朝あさ」から始まった「昼の終わり」の時間帯となります。

「夕べ」は「夕」よりも後とされ、日が暮れて夜に入ろうとする頃です。

「宵」は夜に入って間もない頃を指す言葉です。今でも「宵の口」などと使われますね。

 

光源氏は、空蝉を捕獲したあと、中将の君に「夜明け前に迎えに来なさい」と言ったのですね。

それから一番鶏が鳴いて暁となり、空蝉を解放しようとするのですがなかなか手放せない光源氏。

そうこうするうちに明るくなり始めて、東雲と歌に詠まれ、自邸に戻ってからは曙とされています。

曙と朝ぼらけは多少かぶるみたいです。

なかなか繊細な日本語の朝の表現について、でした。

 

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