源氏物語~桐壺~(12)


「亡き大納言の遺言を守って、入内をさせたいという願いをかなえてくれたことに報いるため、

桐壺をもっと高い地位に引き立てようと思い続けていたが、それもむなしくなってしまったよ」

とおっしゃって、帝はたいそうしみじみと桐壺様の母君の胸中に思いを馳せなさいます。

「そうは言っても、若宮が成長なされば、恩に報いるしかるべき機会もきっとあろう。

それまで長生きすることを心がけ、今は耐えてほしい」などとおっしゃるのでした。

そして靫負の命婦は、例の、母君が別れ際に持たせた贈り物を御覧に入れました。

「『長恨歌』にあるように、亡き人の魂のありかを尋ね当てたしるしのかんざしならよかったのに」

とお思いになりますが、甲斐のないことでございます。

尋ね行くまぼろしもがなつてにても魂のありかをそこと知るべく
〔亡き桐壺を訪ねていく幻術使いでもいてくれればいいのに。人づてにでも魂ありかを知れるように〕

絵に描かれた楊貴妃の顔立ちは、

どんなに優れた絵師といっても筆には限界がありますので、美しさには不足がございます。

楊貴妃は、その顔立ちが宮殿の池に咲く蓮の花に、その眉は柳にも本当に似ていて、

中国風の装いは美しかったのでしょうが、

桐壺様の親しみやすく愛らしかったご容貌を思い出しなさると、

それはそれは、花の色や鳥の鳴き声に例えられるようなものではありません。

朝晩に交わす言葉に「天上では比翼の鳥、地上では連理の枝となりましょう」

と口癖のように永遠不滅の愛をお約束なさっていたのに、

それがかなわなかった、はかない運命の恨めしさは尽きることがありません。

風の音や、虫の鳴き声につけても、悲しいお気持ちばかりが催されなさるのですが、

その頃、弘徽殿の女御様は、長らく帝にお呼ばれして上の御局に参上なさることもなく、

風情ある月を愛で、夜が更けるまで管弦の宴をなさっていたようです。

帝は、実に興ざめで不快なことだとお聞きになっているのでした。

近ごろの帝のご様子を拝見する殿上人や女房達も、その弘徽殿の音楽をいたたまれない思いで聞いていました。

弘徽殿様はとても自己中心的で気が強いところがおありになる方でして、

桐壺様が亡くなったことなど何でもないことだと無視なさるようにふるまっていらっしゃるのでしょう。

※雰囲気を重視した現代語訳となっております。


前回出てきた『長恨歌』ですが、ここではその詩の一部を引いた表現がいくつか出てきます。

『長恨歌』によると、玄宗皇帝は楊貴妃を失った悲しみに堪えきれず、死者の魂を幻術士に探しに行かせます。

そして、幻術士は楊貴妃の魂を尋ね当て、楊貴妃から金のかんざしを受け取ります。

桐壺の更衣を失った帝が、更衣の衣裳を受け取って、かんざしなら良かった、と言っているのはこのことです。

「比翼連理」の誓いも『長恨歌』の中に出てくるものです。

ちなみに、この幻術士が楊貴妃の魂に邂逅した時、美しい楊貴妃が涙に濡れる様子を

「梨花一枝春帯雨」梨花一枝りかいっし春雨を帯ぶ。

と、梨の花に例えています。

これについて、清少納言が『枕草子』の中で、

日本では、梨の花はつまらないものの例えに使うけれど、中国では違うらしい、と書いています。

チュウゴクナシの花はこんなものです。(Wikipediaから借用)

綺麗と言えなくもないですが、地味な気もしますね。

でも、梨はバラ科らしいです。

そういう意味では楊貴妃的と言えなくもないでしょうか?

 

そして久しぶりに出てきた弘徽殿ちゃん。笑

このシーンにおいても異彩を放ちますね。

悪役がビシッとしていると物語が引き締まりますよね。

「上の御局」というのは、天皇が暮らす殿舎「清涼殿」内にある、后の控えの間です。

次回でこの件が終わり、その後ようやく若宮(光源氏)の話に移っていきます。

 

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