源氏物語~若紫~(14)


源氏物語-若紫

「こちらで暮らしておられる姫君の悲しい境遇についてお聞きしました。

私を、そのお亡くなりになった母君の代わりと思っていただけないでしょうか。

とても幼いころに、私に愛情を注いでくれるはずだった母に先立たれたものですから、

ふらふらと、根無し草のようにしてこれまでの年月を過ごしてきました。

私と似た境遇でいらっしゃるとのことなので、一緒に暮らしたいと心から申し上げたいのです。

こうしてお話しする機会というのもなかなかないでしょうから、

これを聞いた尼上がどうお思いになるだろうかということも憚らずにお話ししました」

と申し上げなさると、

「非常に嬉しいお話ではございますが、

あの子のことについて、何かお聞き間違いをなさっているのではないかと気が引けてしまいます。

卑しい私ひとりを頼りにしている子ではありますが、

本当にまだどうしようもなく幼い年頃でして、大目に見ていただける感じでもございませんので、

今のお話を真に受けることはできません」

とおっしゃいます。

「事情はすっかりお聞きしたうえで申し上げているのです。

煩わしいと遠ざけなさらず、私が思いを寄せているその真剣さをご覧ください」

と申し上げなさいましたが、

まったく似つかわしくないことをご存じなくておっしゃるのだとお思いになって、気を許したお返事はありませんでした。

そこへ僧都が戻っていらしたので、

「よし、こうして話は前に進んだわけですから、非常に頼もしいことです」

というと、先ほど少し開けた屏風をお閉めになりました。

夜明けが近づいてきたので、

法華三昧を行うお堂の懺法の声が山を吹き下ろす風に乗って非常に尊く聞こえてきて、瀧の音と調和しておりました。

吹きまよふ深山おろしに夢さめて涙もよほす瀧の音かな
〔吹き乱れる深山おろしの風に乗って届く法華三昧の尊い声に夢のような思いも覚めて、瀧の音に涙が誘われることです〕

さしくみに袖ぬらしける山水にすめる心は騒ぎやはする
〔不意の御訪問で山水の音に涙で袖を濡らしたとのことですが、ここ住んでいる私の心は澄んだままで特に何も感じられません〕

耳慣れてしまったのでしょうか」

と申し上げなさるのでした。

※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。


強引に尼君との対話に持ち込んだ光源氏はさっそく紫の君を引き取りたいという話を始めたわけですが。

当然ながら尼君は断固拒否です。

 

法華三昧(ほっけざんまい)とは、三省堂詳説古語辞典によると、

((仏教語。「ほけざんまい」「ほっけさんまい」とも))法華経ほけきようにより、仏法の妙理を悟ること。また、そのために一心に法華経を読誦どくじゆすること。

とのことです。

また、懺法(せんぼう)とは、同じく三省堂詳説古語辞典によると、

((仏教語))経を誦し、罪を懺悔ざんげする法会ほうえ。誦する経により法華ほつけ懺法、阿弥陀あみだ懺法などがある。

とあり、また、岩波文庫版『源氏物語』(一)の補注によると、

「懺法」は、六根の罪を懺悔する読経。経文の読みは呉音でも漢音でもない。「妙法蓮華経」は「べいはーれんぐわけい」の如く読む。

と書かれております。六根についてはこちらをご参照くださいませ。

 

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