源氏物語~若紫~(36)


源氏物語-若紫

光る君は左大臣邸にいらっしゃいましたが、例によってご内室はすぐに会おうとはなさりません。

面倒にお思いになった光る君は和琴を掻き鳴らして「常陸には田をこそ作れ」という歌を、

たいそう優美な声で気の向くままに歌っていらっしゃいました。

そこへ惟光が参上したので、呼び寄せて様子をお尋ねになりました。

惟光が報告を申し上げると、光る君は残念にお思いなさり、

「父宮の所に移ってしまった後にわざわざこちらが迎え取りに行くのも具合が悪いだろう。

幼女を盗み出した、と非難されるに決まっている。

父宮が引き取る前に、しばらく乳母や女房たちを口止めして私の邸に連れてきてしまおう」とお思いになって、

「明日の夜明け前に行くぞ。すぐに出られるように車の支度をして、随身も一人か二人命じておけ」

とおっしゃると、惟光はその命を受けて立ちました。

「どうしようか。好色だという噂になりそうな気がする。せめて紫の君がもう少し物事がわかったうえで、

二人は情が通じていると人に推しはかられるのであれば、世の中でよくあることだ。

しかし、もし父宮が私の所にいるのを尋ね当てたら、気まずいことになるだろうな」と思い乱れなさるのですが、

といって、今を逃しては残念なことになるに違いないので、まだ夜深くに左大臣邸を出発なさいます。

ご内室は、相変わらず渋っており、気を許さずにいらっしゃいました。

「二条院にどうしても顔を出さなければならない用事があるのを、思い出しまして。

すぐに戻って参りましょう」

と言ってお出かけになるので、側仕えの女房たちも知らないのでした。

ご自身のお部屋で御直衣などはお召しになり、惟光だけを馬に乗せてお出かけになりました。

※雰囲気を重んじた現代語訳となっております。


常陸には田をこそ作れ

とは何ぞや。

光源氏が琴をかき鳴らしながら口ずさんだのですから歌だということは分かります。

注釈によると、風俗歌だそうで。

「常陸には田をこそ作れ かぬとや君が 山を越え 雨夜来ませる」

常陸にいる私は田を作るので忙しいのだが、他に愛人でも作ってはいまいかと、あなたは山を越えて雨の夜にやっていらっしゃった。

というものだそうですが、本来は内容的に女性の立場の歌ですね。

「他に愛人でも作ってはいまいか」とは正妻・葵の上の立場での光源氏に対する不信感でしょう。

光源氏がこれを口ずさんだということは、

あなたはそんな風に疑っているかもしれませんが、そんなことはありませんよ

と言いたいのでしょうね。

しかし、もちろんそんなことはあって、これから幼女をさらいに行くのですが。笑

 

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