源氏物語~葵~(16)


光る大将殿は少し落ち着きを取り戻しなさり、あの驚かされた時に六条御息所の生き霊が語っていたことがつらく思い出されて、

「随分長いことご無沙汰してしまったことも申し訳なく思われるが、しかし、こんなことがあった以上、身近にお会い申し上げるのもいかがなものか。嫌な気持ちになるのは目に見えているし、あの方にとってもお気の毒ではなかろうか」と、あれこれお考えになって、結局お手紙だけを送っていました。

たいそうお苦しみになったご内室ですが、何とか無事に出産を終えたとは言え、左大臣家ではまだ不吉さを感じていらっしゃり、それも当然のことなので光る君は外出もなさいません。

ご内室はまだ非常に苦しそうにしていらっしゃるので、普通のご対面すらできずにいる光る君でしたが、少し恐ろしい気がするほどかわいらしくていらっしゃる若君を、大事に大事にお世話申し上げなさる様子は並大抵ではなく、格別でした。

願っていたことが現実になったような気がして、左大臣も非常に嬉しく喜ばしいことと思っていらっしゃるのですが、ご息女の容態が回復しきらないことだけが気がかりでいらっしゃいました。

しかし、「あれほど難産だったのだから、その影響だろう」とお思いになって、光る君のように心を惑わしてばかりいるようなことはありません。

若君の御目もとのかわいらしさなど、現春宮にたいそうよく似ていらっしゃるのをご覧になるにつけ、光る君は春宮のことが恋しく思い出され、その気持ちを抑えきれずに参上なさろうとして、

「内裏などにもあまりに長らく参上しておりませんので、気がかりなこともありますから、今日久しぶりに参上しますよ。その前に、少し近くでお話ししたいものです。あまりにじれったい遠ざけようです」

と恨み言を申し上げなさると、女房たちは、

「本当に、しっとりと睦まじいばかりの御仲でもないのは分かっているけれど、ひどくやつれていらっしゃるとはいえ、簾越しのご対面などというのはあるべきことではないでしょう」

といって、横になっていらっしゃる近くに御座所を設けたので、光る君はそこに座ってお話しなさいます。

ご内室も時折お返事を申し上げなさるのですが、やはり非常に弱々しい感じでした。

しかし、本当に死んでしまうのではないかと思われるほどだったことを思い起こせば、こうしてお話しすることができるのは夢のようで、忌まわしく恐ろしかった時のことなどを申し上げなさっていると、今にも息が絶えてしまいそうでいらっしゃったのが、急に復活してぶつぶつと仰っていた時の様子が思い出されて嫌な気持ちになってきたので、

「さて。申し上げたいことはまだまだたくさんあるのですが、まだ非常に怠そうでいらっしゃるから」

とおっしゃって、

「お湯をお飲みなさい」

と、そんなことまで気遣っていらっしゃるので、「いつの間に看病など覚えたのだろう」と女房たちはしみじみ感動していました。

非常に美しいお方がひどく弱り衰えて、かろうじて生きながらえているといった感じで横たわっていらっしゃる様子は、たいそう可憐でもあり、痛々しくもあります。

乱れた筋もない御髪が枕にはらはらとかかっているのが、めったにないほど美しく見えたので、

「これまでの長い年月、この人の何を不満に感じてきたのだろう」とお思いになりながら、奇妙なほどじっと見つめていらっしゃいました。

※雰囲気を重んじた現代語訳です。


六条御息所への気遣いを見せる光源氏ですが、何と言ってもここで目を惹くのは葵の上に対する気持ちの変化です。

これまで遠ざけていたのは何だったのだろう、と最後に自省しています。

今回に限らず、病人に惹かれるという描写はありますけどね。

では次回、大きく話が動きますのでお楽しみに。

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