腰折れ雀(原典版『舌切り雀』)①


2017年の年始au新CMは大中小の福袋でしたね。

これは「舌切り雀」の大小のつづらをモチーフにしているのかな、と思いました。

で、鎌倉時代の説話集『宇治拾遺物語』に「雀報恩の事」というお話が載っています。

これを「舌切り雀」の原典と捉えることに異論はあるようですが、とりあえずいってみたいと思います。


【現代語訳】

昔々、春のとっても穏やかなある日、六十歳くらいのお婆さんがシラミをとっていました。

すると、庭を歩いていた雀が、こどもたちに石をぶつけられて腰が折れてしまいました。

羽をバタバタさせて倒れているところに、カラスが近くを走り回っていたので、

「おやまあ、かわいそうに。カラスが捕まえてしまうだろう」と思って、お婆さんは急いで雀を手に取ると、息を吹きかけたりしながら介抱し、ものを食べさせてやりました。

夜はこの雀を小さな桶に入れておくことにしました。

朝になれば米を食べさせたり、銅を削って薬にして与えたりしていたので、子や孫たちは、

「なんだ、婆さんは耄碌して雀を飼っておられるよ」と、笑ってばかにしていました。

こうして数ヶ月の間、よくよく世話をしたところ、雀は徐々に元気を取り戻し、歩けるようになりました。

雀の心にも、こんな風に良くしてもらったことを、たいそう嬉しく思ったのでした。

お婆さんは、ちょっと出かけるときにも、

「この雀をよく見といておくれ。ちゃんとものを食べさせておくれ」などと言うので、子や孫たちは、

「まったく、どうして雀なんか飼っておられるのか」と、ばかにして笑うのですが、

「まあいいや、かわいそうだから言う通りにしよう」といって養ううちに、雀は飛んでもおかしくないほどに快復しました。

「もうここまでくればカラスに捕まることもないだろう」といって、外に出て手に乗せ、

「飛ぶかどうか、見てみよう」といって、手をかかげてみると、ふらふらと飛んで行くのでした。

お婆さんは長い月日、夜は桶に入れ、朝になればものを食べさせきたので、寂しさから、

「ああ、飛んで行ってしまったよ。また遊びに来るかなあ」というと、それを聞いた人はばかにして笑うのでした。


昨年末の「浦島太郎」に続き、昔話シリーズです。

スズメ

「舌切り雀」では糊を食べてしまった雀の舌をお婆さんがちょんぎってしまう話でした。

これは子供が石をぶつけて雀の腰を折ってしまうのです。

そしてお婆さんは銅を削って雀に与えていますが、銅は骨折したときの薬となっていたそうです。

今でも漢方ではそうみたいです。(こちら


【原文】

今は昔、春つ方日うららかなりけるに六十ばかりの女のありけるが、虫打取りて居たりけるに、庭に雀のしありきけるを、童石を取りて打ちたれば、当りて腰を打折られにけり。羽をふためかして惑ふほどに烏のかけり歩きければ、「あな心う。烏取りてん」とて、この女急ぎ取りて息しかけなどして物食はす。小桶に入れて夜はをさむ。明くれば米食はせ、銅薬にこそげて食はせなどすれば、子ども孫など「あはれ、女刀自は老いて雀飼はるる」とて憎み笑ふ。

かくて月ごろよくつくろへば、やうやう躍りありく。雀の心にも、かく養ひ生けたるを「いみじく嬉し嬉し」と思ひけり。あからさまに物へ行くとても、人に「この雀見よ。物食はせよ」など言ひ置きければ、子孫など「あはれ何でふ雀飼はるる」とて憎み笑へども、「さはれ、いとほしければ」とて飼ふほどに、飛ぶほどになりにけり。「今はよも烏に取られじ」とて外に出でて手に据ゑて「飛びやする。見ん」とて捧げたれば、ふらふらと飛びて去ぬ。女、多くの月ごろ日ごろ、暮るればをさめ、明くれば物食はせならひて、「あはれや、飛びて去ぬるよ。また来やすると見ん」などつれづれに思ひて言ひければ、人に笑はれけり。


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