源氏物語~賢木~(21)


中将の君からのお返事には、

「気の紛れることもなくて、以前の御ことを思い出しているような所在ない折には、あなた様の御ことを思い申し上げることも少なくないのですが、今となってはどうにも仕方のないことです」

と、少し心を寄せながら色々と書いてありました。

斎院のお返事は、木綿の端に、

そのかみやいかがはありし木綿襷心にかけて忍ぶらむ故
〔以前に何かあったというのでしょうか。口にするのが憚られるなどとおっしゃるそのわけは何でしょう〕

現世ではまったく身に覚えがございません」

とあります。

御筆跡は丁寧ではありませんでしたが、熟達した感じの草書体は素晴らしいものでした。

「ご本人はもっと魅力的に成長なさっているのだろうな」と想像なさるにつけ、ただならぬ思いを抱きなさっていたのですから、まことに恐ろしいことです。

「ああ、ちょうど去年の今ごろだったなあ。野宮の風情が身にしみて素晴らしかったのは」と思い出しなさり、「不思議なことだが、同じようなことが続くものだ」と神をも恨めしくお思いになっているのは見苦しいことですよ。

そんなにまで恋しくお思いになるならば、もっとそれに相応しかった時分に積極的に働きかければよかったものを、その頃にはのんびりとお過ごしになり、今になって悔しく思っていらっしゃるというのは奇妙なお心ですね。

斎院の方も、光る君がこのように並々ならぬ思いを抱いていらっしゃることをご存知でしたので、たまにお返事をなさる際には、すっかり遠ざけるようなこともおできにならないようでした。

お立場上、少し軽率なようにも思われますね。

六十巻もの経典をお読みになり、よく分からない所を僧に解説させていらっしゃると、

「この寺に立派な光が射し込んで、お勤め申し上げているようだ」

「仏の面目躍如だ」

などと、卑しい法師までが喜びあっていました。

光る君はしんみりと様々なことをお考えになっているうちに都へ帰るのも嫌になってきたのですが、ただ紫の姫君のことだけが気がかりで、やはりこのまま仏の道に入るというわけにもいきません。

お帰りになる前に、盛大に御誦経をさせなさいました。

光る君は上から下まですべての僧侶や、近隣に暮らす下賤の者にまでものをくださるなど、尊いことの限りを尽くして雲林院を御退去なさるのでした。

お見送りのため、そこかしこに身分の卑しい者どもが集まって、涙をこぼしながらありがたがって光る君の方を拝見しておりました。

黒い御車の中で、喪服姿に身をやつしていらっしゃったので、格別な見栄えではありませんでしたが、わずかに見えるお姿を、世にまたとないものと思い申し上げるようです。

※雰囲気を重んじた現代語訳です。


不謹慎な光源氏ですが、朝顔の君もちょっと不謹慎な感じに描かれました。

そこは深追いしないでおきましょう。

朝顔はしっかりした女性です。

後々紫の上を悩ませることになる存在の1人ではありますが。

さて、光源氏はやっと(?)雲林院を出ていきましたとさ。

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