枕草子~上にさぶらふ御猫は~(1)


一条天皇(在位986~1011)が飼っていたペットのお話です。

貴族たちも犬、猫、鳥、虫などを飼っていることがありました。

一条天皇にも可愛がっているおニャンニャンがいたのです。


【現代語訳】

いつも帝の近くに侍っている御猫は、五位の位をいただいて貴族の仲間入りをして、“命婦のおとど”と名付けられて、とってもわいいから、帝もそれはそれは大事にかわいがっていらっしゃったの。

ある日、命婦のおとどが縁側に出て寝そべっていたのを見て、お世話係の馬の命婦が、

「まあ、みっともない。御部屋にお入りなさい」

と呼びかけたんだけれど、日が射し込んでいたからポカポカと気持ちよくて眠ったまま動かなかったのね。

それを脅かして言うことを聞かせようと思った馬の命婦が、犬の翁丸に向かって、

「さあ、翁丸、命婦のおとどに噛みつきなさい」

って言ったら、あのバカ犬、本気にして走りかかっていったものだから、命婦のおとどは恐がって慌てて御簾の内に逃げ込んでしまったの。

ちょうど帝がお食事の間にいらっしゃった時のことで、一部始終を御覧になって仰天なさったのも当然よ。

猫を御懐にお抱きになると、近習の男たちをお呼びになって、蔵人の忠隆となりたかが参上すると、

「この翁丸を叩きのめして犬島に追放せよ。今すぐに」

とおっしゃったので、男たちが集まって皆で翁丸を捕まえようと、もう大騒ぎ。

帝は馬の命婦も叱りつけて、

「世話役を別の者にかえることにする。とても任せられたものではない」

なんておっしゃっるものだから、馬の命婦は帝の御前に姿を見せずに謹慎していたわ。

犬はとうとう捕まえて、滝口の武士なんかに命じて追放してしまったの。

私たちは、

「ああ、何てことかしら。以前は体を揺すりながら堂々とこの宮中を歩きまわっていたのに。三月三日の桃の節句に、頭の弁が柳で作った髪飾りを頭に乗せて、桃の花を簪にしたり桜の花を腰につけたりして歩かせなさった時、まさかこんな目に遭う日が来るとは思わなかったでしょうに」

と悲しい気持ちで同情していたわ。


この記事をもって、「平安時代は犬より猫の方が偉かった」と言っているのを見たことがありますが、それは疑問です。

しかし、猫様・命婦のおとどが帝にかわいがられていたのは間違いありません。

「命婦みょうぶ」というのは平安時代の五位以上の女官の名称で、「おとど」は多義語ですが、ここでは女性の敬称として用いられています。

つまり、この猫様は女の子(メス)だったことが分かります。

帝が暮らす清涼殿に入れるのは殿上人以上、つまり五位以上(例外は六位蔵人)だったので、この猫様も五位に叙せられて命婦となった、ということですが、これは冗談というかシャレでしょう。

ただ、この猫様には乳母めのとまでついていたとのことで、これはシャレなのか本気なのか・・・。

乳母というのは貴族に子どもが生まれると、乳母を雇い、授乳・養育を任せました。

この猫様にも専用の養育係をつけ、それを乳母と呼んでいるのです。

このお話には猫と犬が出てくるので、「馬の命婦」も馬だと思ってしまう人がいるのですが、これはもちろん人間です。

馬寮めりょうという役所があって、父親がそこに勤める役人だったのでしょう。

女の子が縁側で寝そべっているのをみっともないから部屋に入れ、という乳母。

人間の女の子ならそうでしょうけど、メス猫にそんなこと言っても…

ねぇ。(^^;;

一番気の毒なのは馬の命婦の指示に従ったらガチギレされてしまった翁丸おきなまろです。

翁丸は本当に犬島に追放となってしまうのでしょうか?

その犬島というのは一説では淀川にあったそうですが、よく分かりません。

この後、お話は翁丸に集中していきます。


【原文】

上にさぶらふ御猫はかうぶりにて、命婦のおとどとて、いみじうをかしければ、かしづかせ給ふが、端に出でて臥したるに、乳母の馬の命婦、

「あな、まさなや。入り給へ」

と呼ぶに、日のさし入りたるにねぶりてゐたるを、おどすとて、

「翁丸、いづら。命婦のおとど食へ」

と言ふに、まことかとて、かの痴れ者は走りかかりたれば、おびえまどひて御簾のうちに入りぬ。

朝餉の御前に上おはしますに、御覧じていみじうおどろかせ給ふ。

猫を御懐に入れさせ給ひて、をのこども召せば、蔵人忠隆、なりなか参りたれば、

「この翁丸打ちてうじて犬島へつかはせ。ただいま」

と仰せらるれば、あつまり狩りさわぐ。

馬の命婦をもさいなみて、

「乳母かへてむ。いとうしろめたし」

と仰せらるれば、御前にも出でず。

犬は狩り出でて、滝口などして追ひつかはしつ。

「あはれ、いみじうゆるぎ歩きつるものを。三月三日、頭の弁の、柳かづらせさせ、桃の花を挿頭にささせ、桜腰にさしなどして歩かせ給ひし折、かかる目見むとは思はざりけむ」

など、あはれがる。

進む>>

 

Posted in 古文 | Leave a comment

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です