「酔いすぎたところにひどく酒を強要されて、参ってしまいました。畏れ多いことですが、こちらに身を隠させていただきましょう」
と言って、妻戸の御簾から顔を覗かせなさると、
「まあ、困ったことですわ。身分の低い人は、高貴なお方との縁を頼って来ることもあるそうですが」
と言うのを御覧になると、女房たちは威厳のある感じではないものの、並大抵の若者ではなく、上品で風情のある様子がはっきりと現れていました。
どこかで焚いているお香が充満しており、衣擦れの音をたいそう派手に響かせていて、奥ゆかしい雰囲気には欠け、最先端の流行を好むのがこのお邸の気風で、高貴な女宮様方が藤の宴をご覧になるということで、こちらの戸口の方に座を占めていらっしゃるのでしょう。
本来あるべきことではないのですが、強く興味をお持ちになっている光る君は、あの女はどれだろう、と胸がどきどきしながら、
「扇を取られてつらい目に遭いましたよ」
と、おどけた声で言いながら戸口に寄りかかってお座りになりました。
「何ですの?それは。変な替え歌ですこと」
と言うのは、何も知らない女房でしょうか。
返事をせずに、ただ時々ため息をついているような女の方に行って柱によりかかると、几帳越しにその人の手を取って、
「あづさ弓いるさの山にまよふかなほの見し月の影や見ゆると
〔梓弓を射るという、その「いる」ではなく、いるさの山に私は迷い込んでしまったことです。あの夜かすかに見た有明の月の姿が見えるかと思って〕
なぜでしょうか」
と当てずっぽうに見当をつけた女におっしゃると、女も抑えきれないようでした。
「心いるかたならませば弓張の月なき空にまよはましやは」
〔もし本当に心惹かれている方なら、弓張り月のない闇夜の空でも迷ったりするはずはありません〕
という声は、まさしくあの夜の女です。光る君は非常に嬉しくお思いになりましたが・・・
※雰囲気を重んじた現代語訳です。
「花宴」の巻はこれで終了です。短いですね~。
さて、光源氏のセリフに「扇を取られてつらい目に遭いましたよ」というのが出てきましたが、これはある催馬楽を引用したものなのだそうです。
原文は、
「扇を取られてからき目を見る」です。
直訳できるので何とも思わなかったのですが、次の女房の返しが、原文だと、
「あやしくも、様変へたる高麗人かな」となっていて、これを直訳すると「奇妙にも、様子を変えた高麗人だなあ」となるので、まったく意味が分かりませんでした。
そこで調べてみると、実は光源氏のセリフが「石川」という催馬楽を一部改変したものなのだとか。
元歌は「高麗人に帯をとられてからき悔いする」なんですねえ。
「帯」を「扇」にして光源氏が言ったということですが、当然、節に乗せて唄ったのでしょう。
女房はもちろん元歌をすぐに理解して応答したわけですが、光源氏と朧月夜の君が扇を交換した事実を知らない女房は、表面的に捉えて「何ですか?その替え歌は」となったのですね。
さて、次巻は「葵」です。
長い巻ですが、有名な大事件が起こりますよー。
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